いいパンツを履き出して一年以上になる。去年の福袋でいいパンツを買って、いまだにそのパンツをぴかぴかの新しいパンツと考えているが、もうそのパンツも一年もので、パンツに限らず僕はあらゆる服があっという間に何年も使い込んでいる。パンツの耐用年数はどれほどなのだろう。放っておくと五年でも十年でも履けてしまいそうだ。舞台のエリザベートは毎日靴を変えるらしい。パンツはどうだったろう。日本だと江戸時代くらいまで女性の下着というのはなかったのではなかったか。西欧諸国における下着の歴史とはどんななのだろう。フランス革命くらいまでつけてないんじゃないか。ロココって履いてないよね、たしか。人はいつから下着を当たり前につけるようになったのか。いつかちゃんと調べるかもしれないが、奥さんとてきとうに話しているうちに満足してしまった。『ラディカルな意志のスタイルズ』を読んでいる。
去年も親族の集まりは中華街で、そごうの初売りで髑髏ウサギのアップリケがついたパンツの福袋を買ったのだった。シーバスに乗って山下公園まで潮風気分だ。あれは楽しい。今年はまっすぐ中華街で、悟空の二階で高価なジャスミン茶を飲んだ。高価なのは普段飲んでるものとはまったく別物で、とても華やかな気持ちになった。買って帰ろうかと相談したが、あまりに華やかで家で楽しむシーンが思い浮かばず断念した。代わりにお茶請けの麻辣グリーンピースの大袋をいただく。
コースの料理をたらふく食べて、食後は集合写真を撮る。家で食べるおせちもそうだが、正月は既視感に溢れている。年の改まるこのタイミングにだけ、円環的な時間がかろうじて保たれている。
あまりに満腹で電車がつらそうだったので、腹ごなしに山下公園を経由して桜木町まで歩く。象の鼻テラスから向こうに見える観覧車が愉快そうだったので、アクアワールドに寄って観覧車に乗る。四十分待ちで勢いが削がれたが、順番が近づいてくるとソワソワしてきて、僕は観覧車が好きだな、とわかる。いざ乗るとじわじわと動く。まわりに比較対象がないからずいぶんゆっくり、止まっているようにすら感じるが着実に進んではいて、いつしかかまぼこビルと同じくらいの高さのてっぺんだ。かなりの高所で、奥さんと二人で怖がった。高いところは怖い。足元ではジェットコースターに運ばれる人たちの悲鳴が聞こえてきて、どうしても落ちるイメージが生起する。観覧車でロマンチックな気分になれる胆力は僕らにはなさそうだった。あるいは吊り橋効果なのだろうか。緩慢な速度による退屈と、具体的な高所の緊張の奇妙な同居。ぶじ地上に辿り着いて振り返ると、楽しかった、と思うのだが、もうしばらく乗らないでいい。みなとみらいの駅は商業ビルの吹き抜けから丸見えで、パルクールができたら無賃乗車も容易そうだ。ほろ酔いでソンタグに取り掛かるのは無理で、帰りは爆睡。電波塔の縁にぶら下がって数独を解く夢を見た。
すごい、今日は特にたくさん間違えてる。
ここまでで書き終えたことにした日記を読んで奥さんが言う。靴を毎日変えるのは舞台じゃなくてNetflix のドラマ版のエリザベートだし、初売りで買ったのはサイコバニーじゃなくてカルバン・クラインだし、アクアワールドじゃなくてコスモワールドだよ。
その通り。あなたはいつも正しい。でも横浜でパンツはサイコバニーで合ってる、ここだけは僕も譲れない。そうなんだ、じゃあいいよ。こうして日記は正しく保たれた。よかったよかった
