2023.01.05

バスに乗って足立区生物園に行った。奥さんと二人で600円。入園前に公園のすぐそばのイタリアンレストランでごはん。ランチのラストオーダーに駆け込む。ふたりともブラッドオレンジジュース。ピザはフンギ、パスタは牛ホホとじゃがいものトマトソースを半分ずつ。とてもおいしい。

生物園はやはりすごく面白い。吹き抜けに円形に回らされた針金チューブを駆けるリス、溶けるように眠るチンチラ、活発に動きを見せてくれる爬虫類たち、物陰に潜むばかにでかいゴキブリたち。

十五時の餌やりを見るためにカンガルーのいる大きな鳥籠のような建物に集まっている。人間たちは地面から三メートルくらいのところに組まれた通路からカンガルーを見下ろす形。飼育員のおじさんがやってきて説明を始める。午前中は出産したばかりの母子が放されていて、だから午前中にもきて赤ちゃんを見てもらいたいこと。午後はオスの時間だということ。このオスは十一歳くらいで人間でいうと六〇歳くらい。係のおじさんも還暦であること。長らく生物園ではカンガルーの繁殖に成功していなかったが、オスがおじさんと戦うようになってからオスのオスが目覚め子供ができたこと。そういうわけで、食事の前に戦いましょう。直接対決では血まみれになりますのでね、とおじさんはサンドバッグをカンガルーのところまで降ろしていく。すでに前足を地面につけて、踵を浮かして臨戦の構えであったオスはサンドバッグの到来とともにすかさずとびかかりクリンチを仕掛ける。後ろ足で立つと二メートル近い。もっこりと力瘤が膨らむ。爪を立てて袋を引き摺り下ろそうとする。おじさんは解説を続けながら足元にまとわりつきそうになる子供たちを牽制する、それと同時に、サンドバッグに結ばれたロープを手繰り寄せては軽々とカンガルーごと振り回す。怪力同士の異種間格闘技。おじさんがわざとロープを緩めるとオスもまた挑発するようにクリンチする腕をほどいて頭上のおじさんをまっすぐ見据える。おいおい、こんなもんかよ、もっとやろう。それでおじさんはまたひょいっとサンドバッグを引き上げる。オスは勢いよく後ろ足で立ち上がり、地面を蹴って跳ね上がる。そしてまたサンドバッグを抱きかかえる。サンドバッグを前足で地面に押さえつけると、そのまま離さずに後ろ足で蹴りつける。そうやっておじさんとオスの闘いは続いて、まわりは、わっと歓声を上げた。何度目かのクリンチでサンドバッグからロープが外れてしまう。おじさんは、ありゃ、きょうはカンガルーの勝ちですね、と言ってあっさりと餌やりに切り替えるのだが、闘志を収めることのできないオスはいきりたったまま、ぶふぅ、ぶふぅ、と不満げな声をあげておじさんを睨みつける。勃起している。どうにも我慢できないという様子でそれまで以上に力を込めてサンドバッグを締め上げていく。興奮のあまりそのままおしっこをする。おじさんは周囲の子供たちに干し草や野菜を手渡していて、子供たちはそれを次々にオスに投げつける。ぶふぅ、ぶふぅ、と勃起したまま放尿を終えたオスは、視界の端で食べ物を捉える。一口、また一口と食べていくうちにようやく落ち着いて露出していた真っ赤なペニスは咀嚼のリズムで縮んでいき大きくまんまるな睾丸の影に隠れる。カンガルーのペニスは睾丸の後ろ側にあり、勃起時には睾丸がきゅっと締まってペニスが前に出るが、ペニスが萎むと睾丸がまるまると垂れてくるのだった。すごいもん見たなあ、と大満足。

大温室は前に一人で来た時は改装中で、初めて入ることができた。鮮やかな濃緑の瑞々しい熱気の充満した庭内の至るところ、気持ちよく高い天井のすれすれのところまで、無数の蝶が舞っている。夢に描く楽園のようだ、と思う。大きな葉の緑の表面を、鱗粉きらめく色彩が踊る。白、黄、青、紫、赤、黒。ここにいつまでもいたい、と思う。眼下の水槽では世界最大級の淡水魚がゆうゆうと泳いでいる。

すっごく面白かったね。うん、楽しかった。満足して帰って、夜は湯豆腐、蒸し野菜。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。