2023.02.07

土曜日に『脱獄計画(仮)』のワークインプログレスに向かうときからリュックには『ほんのこども』があったが、事前に共有された戯曲を読むうちに早稲田についてしまってひらかれることはなかった。客席には町屋さんがいらして、僕ははじめましてとあいさつをしてすこし会話もした。そのときの僕はまだ『ほんのこども』をよんでおらず、よんでないな、とおもっていたが、よんでいたらああもきやすく声をかけることもできずにいただろうか、よんだ僕はこの本についていいたいことがたくさんある。そうではなく、なにもいえることなどないと考えていたかもしれなかった。週明けから読み出して、だからほんの二日間で小説はよまれた。どうしたって二日でよめるものではなかったが、これ以上の時間をかけると僕は社会生活をじゅうぜんに送れなくなるとわかっていたので急いでよんだのだった。一文がおわり、つぎにくる一文がどのような相貌をもっているのか、つねにまったく予測できないかかれかたで、このあとなにが出てくるのかこわい、と思いながらどんどんとよんでしまう。句点を超えて次の一文に移るいちいちが飛躍で、切断だったから、よみながらこちらもぶちぶちとちぎられ、肌が荒れ、バリバリと首を掻きむしると滲出液をうみ、乾いて固まったそれは黄色い膜のように向こう側の景色を汚くする。僕は自分の首から死んだ虫の翅のように垂れ下がるめくれた皮膚を思い出し、黒い部屋着のスウェットの肩に白く積もるさっきまで肌だった塵をながめやる。アトピーの皮膚片のような私。ささくれだった爪を立て、縦にビャッと引き裂くようにして掻きむしると血が滲む。剥がれ落ちる死んだ細胞が机の上に積もる。そのような暴力によって損なわれる私は、首の赤黒い色素沈着のようにふてぶてしく名残をのこす。私から削ぎ落とした埃のような私で模様を描くようにして私はわざと首から白くなった皮膚片を掻きむしる。ゲームのようなこころもちで地面に落ちる透明な液体が地面に染み込んでいくその一点に集中して垂らすように体の角度を調整する。かくことの暴力をそのような痛々しさを呼び起こすようにしてかき、かきむしり、かきこわす。

とにかくすごい本だった、僕は小説はこういうのだけ読んでいたいな、本を閉じて顔を上げるとき、ぷは、とようやく息ができるような心持ちで寝室の景色をながめやりそう思った。優れた小説の暴力にさらされたあと、僕はエロマンガの誇張された性行を無性に眺めたくなる。他者の体を壊す。誰かの「私」を憎み、体をいためつけ、壊れた体から「私」をひっこぬき、その「私」も壊す。そのおもしろさ。フィクショナルな暴力はつねに他者の破壊を通じて自己の破壊を夢見ている。「ヤメロー」「こわれちゃうー」つながりたくないんですけど〜〜〜! 意味の前にリズムがあって、小説は戯曲の呼吸でかかれているようでもあった。だから一文から一文への飛躍には、複数の俳優の体が織り込まれている。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。