2023.03.16

久しぶりに円盤に乗る場に行こうかととくに用事もないのに予約を取った。前日まで空いていたから、遊ばせておくよりは僕が遊んだほうがいいだろう、そもそも用事を作っておかないと明日はとにかくだらだらしそうだから、そう思ってのことだったが、きょうは起きたら11時で、はやくもぐだぐだしている。コーヒーを飲んで、フィルターを切らしていたからキャンプ用の金具が濾してくれるやつで淹れて、おいしくできた。けっきょく昼過ぎまでぐずぐずして、ようやく家を出た。とにかく自転車に乗るのが億劫だった。脱毛サロンの人からは日焼け厳禁と言われているし、直射日光を二時間以上浴びたらダメですというのは案外きびしい条件ではないだろうか。日焼け止めをしっかり塗って、漕ぎ出す。パソコンを背負うと重くて辛いから、国書のトートにパソコンと本は移して籠に入れた。念のためハンドルを取っ手にくぐらせて、チェーンの鍵も通しておいた。お尻は痛くならなかったが、とにかく足がパンパンになる。ひいひい。

乗る場では二時間ほど作業。メールを返したり、入稿や入金を済ませてしまう。ウン十万円の出費。痺れるね。痺れたので梅の湯に行く。ずっと気になっていたがはじめて入った。中は芋洗い状態で、じいさんたちのさまざまな裸体が目に楽しい。枝みたいな四肢にぽこんとお腹だけ出ているの、シワシワのお尻が大きいの、バランスボールのようなフォルムの上半身。銭湯の料金でサウナも入れるのだが、ほかのサウナにいくとキュッとしまったお尻に広い肩幅、割れた腹筋というような、グラビアアイドルみたいな完成度の裸の男たちが気持ちよくなっていることが多いから、みんな歪で、独自の年輪が刻まれている体を見ると、なんとなく安心するというか、規格化された肉体はたしかに一面では美しいがそれは一面的でしかあり得ず、どこか味気なくもあるのだよなというようなことを思う。人間はいろんな形をしている。

ほかほかして、日没まではカフェドカナールでアイスコーヒーを飲みながら『〈世界史〉の哲学 中世篇』。東京の東の辺境、どらっぐぱぱすの二階に移転してきた、新橋で半世紀以上営業していたという純喫茶。味気ない外装からは意外なほどしっかり喫茶店で、僕以外に客はいなかったからずいぶん快適だった。いつもこうなら通いたいが、いつもこうだったら成り立たない。アイスコーヒーにはホイップクリームをたっぷり載せてくれる。奥さんにslack で自慢すると、すぐに調べたらしくグライジスジュビリーという謎のメニューについて教えてくれた。飲むティラミスに始まり、モカフロスティで終わる飲み物らしい。夏場にふたりで来れたらよさそうだ。

夜の荒川沿いを男女二人組が歩いている。彼のほうの歩き方が妙だ。肩をいからせ、いやもはやそれは振り子運動の域だ、やじろべえのように左右に揺れながら歩いていて、腕を組んでいる彼女がいう──歩きにくいよ、なんでそんなふうに歩くの──すると彼はいうのだ。おれ、めっちゃケンカ強いから! ここで僕の自転車が二人を追い越した。世の中には僕が知らない因果関係のありようが、まだまだいくらでもあるものだ。

Instagram にサイモン・ペグとニック・フロストがお互いの写真を「My hot dinner date.」と同じ文言で投稿していて、熟愛報道だ! とひとりではしゃいだのだが、そういえば熟愛ってどのタイミングで愛が熟したという判定になるんだろうかと検索してみると、そんな言葉はなかった。三十年以上生きてきて、ずっと「熱愛(ねつあい)報道」を「熟愛(じゅくあい)報道」だと思い込んでいた。そうか、熟さないんだ、愛。そう呟くと、熟すのは機、と奥さんはいった。これは、かなりの衝撃だ。世界が違って見える。なんか、ワンナイトとかの場合は「まだ熟してない」みたいに記者みんなで見守って、同じマンションに同棲を始めたり、外を手を繋いで歩くようになったところで「よし、二人の関係は熟したぞ!」と張り切って報道するものなのだと思っていた。待たないんだな。何日以上付き合っていないと愛とは言えない、みたいなの、べつにないもんな。

夜、奥さんがしてくれた親切にお礼をいうと、いいんだよ、わたしたちは気遣いあいながら生きているんだからね、熟愛だからね、ニッペグには及ばないけど、と微笑んでくれた。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。