2023.04.19

「今日は、大きな出来事はありませんでした。でも、何かを成し遂げたわけでもないのに、自分自身が達成感を感じる瞬間がありました。穏やかで普通の日々の中で、自分自身を見つめ直すことができたような気がします。」

Chat GPT の書いた日記について考えている。ひとつの界隈を形成しているようにも思える日記本に読者が期待するものを、AI による最大公約数的な「日記」はきちんと指し示しているのではないか。何があるでもない日々を愛で、穏やかな気持ちで自省する。そんなものがありがたがられるとしたら、多くの人の日々は出来事に満ちていて、のんびりとした心持ちで自問自答に戯れる暇をもたないか、あるいはそうした暇を潰しすぎてしまっているのかもしれない。暇潰しの行き過ぎをいさめるための頓服薬としての日記。

山下洋輔トリオなんかを聴きながら動物行動学者・日高敏隆とアルトサックス奏者・坂田明の対談集『ミジンコの都合』を読む。たいへん愉快。犬や猫への接し方が昆虫とおなじ平面上にある感じがちょうどいい。なんでもかんでも人間の土俵に上げるような、擬人化の想像力の過度な適用への醒めた距離感は、いまだとなかなか見当たらないように感じる。別様の環世界を生きる生物たちのわかりようのなさを、わかった気になるために人間に置き換えるのではなく、生物の側の都合を考えていく。僕はそういう態度がとても気持ちがよかった。どちらかというと芋っぽい本なのだけれど、ブックデザインは平野甲賀とあり、お、と思って後書きに辿り着くとやはり編集者に津野海太郎の名前が出てくる。へえ。僕はこの本の坂田明のような、本業とは別の趣味が本格派すぎてべつの回路から仕事になってしまうような、こういう玄人が驚くような質や量をもつ門外漢の自由研究に惹かれるし、自分でもやりたいのはそんなことなのかもしれない。

勢いづいて『珈琲の建設』も読む。そのまま『喫茶店のディスクール』も途中まで。誠実な屁理屈。日高敏隆が言うように「いったいどんなつもりで生きているのか」というところから捉えることが始めてくれる本はいい本だ。飲み込むと、借り物でない自分の足がかりが見えてくるような。

エゴサしていたら「逝ったー」というTwitterのゾンビみたいなパチモンが見つかって、愉快な気持ちになった。規模の小ささもふくめ、個人サイトのような雰囲気。本家の「いまどうしてる?」の代わりに空欄のテキスト欄にはグレーの文字で「感情を吐露しない?」と書かれている。いいなあ。さっそく吐露してみるがアイコンの設定をミスってダサいことになった。投稿の削除はできないようで、恥ずかしい。不用意に書き損じたデジタルタトゥーを残してしまった。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。