2023.06.10

慣れない布団と枕ではやはり寝付けず、なかなか苦戦した。けっきょく枕を抱えて頭は布団につける形でようやく眠ったようだ。

朝は九時過ぎまで目が覚めなかったのでなんだかんだで休めはして安心。梅田まで歩いて清風堂書店に向かう。地下の店舗で、ビルを探すのに難儀する。表通りからではなく一本入ったところのビルだった。綺麗なビルの裏手はもくもくと紫煙がたちこめている。ようやくビルを見つけて階段を下ると、駅の地下道と直通の場所であった。ここでは地上こそが道のはずれで、地下が表なのだ。「裏社会/タブー/風俗etc」の棚にドノソの『夜のみだらな鳥』や木澤佐登志があって最高だった。岸雅彦のサイン本や以文社の『〈消費者〉の誕生』に惹かれるも、一軒目でこれでは重い。中公新書の『言語の本質』に決める。ギラギラしていたり、いやな感じの俗っぽい本も揃えつつ、人文書に添えられたさりげないポップの文言が密やかなしかし力強い反骨を滲ませていて頼もしい。資本の只中でなけなしの抵抗を滑り込ませる。非常に『会社員の哲学』が似合うお店だ。ここにISBNコードのついていない本を置くというのはかなりの面倒だったのではないだろうか。とてもありがたい。

御堂筋線で緑地公園まで。blackbird books。9周年だそうで、めでたい! 軒先には花も売っていて、行くたびに背伸びして高くて重くて難しそうな本を買いたくなる、格好いい先輩のような棚。昨年買った本をまだ積んでいるので、今日は背伸びはせず、ずっとここで買うと決めていた『青葱を切る』を買う。もう一冊、ここで買うのもいいな、と写真のコーナーに並べられた『いなくなっていない父』もレジへ。

思ったよりも早起きだったので、午前のうちに二軒だ。もともとは清風堂書店→blackbird books →toi books →シカク→千鳥文化→スタンダードブックストアのつもりだったけれど、toi books に大滝瓶太さんがいらっしゃるのは14時ごろらしい。であればお昼ご飯も食べたいし、先に千鳥文化に行ってしまおう。北大阪急行線の改札をくぐる。

四つ橋線に乗り換えて北加賀屋。千鳥文化へ。三つくらいの建物が住民によって勝手に増築された2階によって連結されていたり、さいきんゼルダでめちゃくちゃな工作をしている身としてもたいへん愉快な空間。手前の食堂でランチプレートをお願いし、できあがりまで奥の展示スペースを見ることに。入るとすぐ三浦さんがいて、挨拶。東京でobake の展示を見たのはいつだったっけ。奥さんの同級生のユニットの、もうひとりの方が三浦さんだった。ちょうど今月から大阪であたらしいことを始めていると連絡をいただき、それではとやってきた。千鳥文庫は千鳥文化という場を媒介として、本の贈与をうながす仕掛け。誰かが必要としていそうな本に千鳥文庫のシールを貼って寄贈する。その本が気になった誰かはそれをその場で読んでもいいし、持ち帰ってもいい。返却してもいいし、そのまま自室の本棚に収めてもいい。お金が介在しない分、ブックオフとはまた違った「この本を持っていた人がいるんだなあ」という感慨が起こった。おいしいご飯ができたのでいただく。めちゃいい食堂。パインジュースを飲みながら『会社員の哲学』を一冊リュックから取り出してシールを貼る。せっかくなので末尾にお手紙を書いておいた。必要な人に届きますように。二階の元住居がほとんどそのまま残されている展示室はとても良くて、めちゃくちゃな間取りだな、と楽しくなる。剥き出しの建材は醤油で煮しめたように黒々とし、押入れや電気メーターもそのまま残されている。階下に戻ると三浦さんの恋人がいらっしゃって自己紹介。あれこれとこのへんのことを教えてもらう。楽しい。せっかくなので奥の展示スペースで三人で写真を撮る。「一緒に住みはじめたら偶然二人とも持っていた本。まさかこの本がかぶるとは思ってなかった本」である天久聖一『お前』をもらって帰る。ひどい本だし、再訪するときに返すかもしれない。

四つ橋線で本町まで引き返す。toi books 。トイレに行きたくて二階の廊下の突き当たりで済ませてドアを開けると斜め左前方に開け放たれたドア越しに大滝さんと目が合う。ちょっと恥ずかしかった。磯上さんにもご挨拶。周年記念の冊子と一緒に『その謎を解いてはいけない』を買ってサインをいただく。宛名とサインに「声出していけよ!!」とメッセージを添えてくれる。大滝さんがその場で『会社員の哲学』を買ってくださったので、サインに添える自画像に「えいおー!」と腹から声出してもらった。サイン本を介した体育会系ノリ。その場にある本ぜんぶにサインをさせてもらう。『プルーストを読む生活』にサインを書くたび、これが最後かもと思う。

それからシカクに向かうのだが何線だったのだろうか、このあたりからメモが残されていないからわからない。九条で乗り換えて千鳥橋のはずが弁天橋まで乗り過ごしてしまい、弁天橋から西九条のはずが野田まで乗り過ごしてしまってそろそろ限界のようだった。本もやはり買いすぎたし、スタンダードブックストアではしこたま買うつもりだからイベント前にいちど宿に置きにいったほうがいいな。

シカクもとても格好よくて、ちょっと抜けてて、棒ビルよりももっといなたい感じが居心地よい。いちばん手前の棚に『三酒三様』が置いてあって嬉しくなる。ステッカーとスズキナオさんのもやし本、スケラッコさんの漫画を買う。忙しそうに立ち働いていたのでなかなか難しそうだったけれど、一応、あの本の持ち込みとかって、と訊いてみると、あっそれは委託フォームからお願いしてます、とてきぱき応えられたので大人しく退散。後日ちゃんとお願いしてみよう。

宿に引き返して、リュックから本を下ろす。こんなことならスズキナオさんの本は宿に置いていけばよかったが、そんなの出る時はわかっているはずもないのだからそんな仮定は無意味どころかやや有害だ。きのうもきょうも雨が降らなくてよかったが暑い。止まると汗がダバダバ出てくる。一回の共同風呂でシャワーを借りることにすると追い焚きもしてくれたので、五分だけ湯船に浸かる。生き返った心地。

天王寺まで電車に乗って、現金をたっぷりおろす。

スタンダードブックストアに到着。中川明彦さんと和彦さんにご挨拶。明彦さんはいつも仕入れのやりとりをしていて、初回でドンと注文してくれるから頼もしかった。しかもどんどん追加してくれる。なにげない事務的なメールのやりとりから滲む剛毅さが好きだ。和彦さんはほがらか。対面するだけで元気に照らされるようだ。よーし、本を買うぞぉと張り切る。イベントの設営で棚がふたりの中川さんの軽妙なやりとりとともに手際よく動かされるのに、絶妙に邪魔になる動きで本を選ぶ。僕は本当にこの本屋が好きだ。二回しか来ていないのに、すっかり大好きだった。これはイベント後に中華料理屋で中川さんがお話ししてくれたことだが、この店には「照れ」がある。それらしくカチッと決め込むことや、ビシッと言い切ることへの照れ。あるいは、我を通すことへの。個人でやっているとは思えないほど、この店では匿名でいられる。いまさらこの本買うのなんとなく格好つかないな、みたいな本を、ここでなら買える。ベタであろうが俗であろうがいい。面白そうだったら買えばいい。子供のころ、両親を待つ時間に潜り込んだときの感覚にどんどん近づくような場所なのだ。僕はここで安全で安心で、ベタな本ばかり抱える。二万円払いたかったが少し足りず、あと一冊は買えたなあと思う。目測を見誤った。スズキナオさんの声が聞こえて探すといらっしゃるので挨拶。でもここで話し込んでしまうのもな、と思い、簡単に一言二言交わすとそのままおのおの棚の中へと消えていった。

和彦さんはスズキナオさんとのイベントだと、氷を張った盥を置いて缶ビールを出すんだけどいいか、と悪戯っぽく訊いてくれる。ぜひぜひです。トークの場の設営とともに、盥に山盛りのビールと、大きなウイスキーのボトルにプッシュ式のディスペンサーをつけたのと炭酸がでででんと置かれて楽しくなって笑ってしまう。これはいい夜になる。午後さんも来てくれる。お世話になっている書店で働く方も来てくれる。千鳥文庫の三浦さんも来てくれる。大学時代の後輩も来てくれる。後輩は友達も連れてきてくれる。弟、仲間、友達、後輩、はじめましての人たち、いろんなひとがいる。イベントは聞いていた感じだと15人くらいかなという感じだったのだけれど、最後のイベントというのもあってどんどん増えて、けっきょくどのくらいいたのだろう。すごい沢山の方がいた。これはスズキナオさんやこのお店の方々からのお裾分けだ、どうしよう、僕がこの人たちに喜んでもらえるようなものを手渡せるだろうか、と急に不安になる。そのくせ始まるといけしゃあしゃあとベラベラしゃべるのが僕のいいところ。スズキナオさんも熱っぽく応答してくださって、いい話がぽんぽん出た。和彦さんもいい塩梅の合いの手をひょいっと放ってくれて、あ、ちょっとくたびれたなと思ったらもう時間だった。僕はとても楽しかったけれど、みなさんはどうだったろうか、と我に返る。そのままぬるっとサイン会になって、20人ほどの方が並んでくださる。ひとりひとりともっとお話ししたかった。かけていただいた言葉や、交わしたやりとりのひとつひとつがトーク本編とおなじくらい面白かった。この人たち一人一人と登壇したいとさえ思う。ああ、やってよかった、ちゃんと受け取ってもらえたんだな、面白がってもらえたんだな、とじわじわ嬉しくなる。ほろ酔いのおぼつかない手で一生懸命宛名とサインを書く。和彦さんがもう売り切れちゃったから追加してというので手元の在庫全部にサインして納品した。ナオさんと、しかし一体どこで売るつもりなんだ?と愉快に首をかしげる。午後さんも楽しそうに参加者の方とおしゃべりしていてよかった。

ナオさん、和彦さん、最後まで残ってくれた午後さんと常連さんの五人で中華料理屋に入って打ち上げ。瓶ビールをどんどん飲む。焼豚ネギがツボ。ここでもあれこれと熱い話をちゃらちゃら話す。僕はほんとうにスタンダードブックストアだと格好つけずに本が買える、と言う。我ではなく客に委ねるというまっとうな商売の形に胸が熱くなるのだと。午後さんは、こんにちはって言わないで入っていいのが助かる、と応える。政治の話もほがらかに、でも怒りを損ねることなく話したり、もっとこの人たちとお話ししたい!トークの本編でもそうだったけれど、和彦さんの根拠のない明るさ、ナオさんの誠実なのんきさを浴びて、なんだか僕まで元気になったような気がする。ふてぶてしい店員さんに頼んで写真を撮ってもらう。

解散後、路上で飲んでるナオさんの友達に合流してファミマ前で立ち飲み。ここでもみんなで写真を撮る。ナオさんは終電に間に合う時間にアラームをセットしていて抜かりなかった。電車はイノシシと激突して遅れていた。午後さんと同じ方面だったので、三人で小島信夫の話をしながら電車を待つ。この時間はたしかに何ものかであった。午後さんとナオさんがおしゃべりしているのを見て、兄はなんだかとても嬉しくなった。これからも仲良くしてほしい。ようやく来た電車から降りた三人は、すこし降り出した夜の公園を突っ切って、ナオさんが好きな川沿いスポットを見せてもらった。傍らでは傘を差しながらごきげんな音楽をかけて飲んでいる一団がいてよかった。楽しかったなあ。嬉しかったなあ。だんだんと二人になり、一人になり、宿についてもぽかぽかしていた。酔いのせいかもしれないし、無謀にも風呂に入ったからかもしれない。さすがに日記は諦めて、寝る。録音させてもらったきょうのトークを再生して、自分とナオさんと和彦さんに寝かしつけてもらう。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。