寝付けないだけで眠ってしまえば起きるまで起きない。梅田まで出て、阪神本線で元町までびゅん。車窓からの景色にふと心細くなる。ここはふだん僕がいるところとは何かが違う。家からずいぶん遠くにいる。のちに蟹の親子さんは東京の輪郭線は0.3ミリで大阪のそれは0.5ミリなのだと誰かが言っていて腑に落ちたのだと話してくれた。いつも巻いているスマートウォッチの充電が切れてしまって今日の歩数や今晩の睡眠状況はわからない。けれども面白かったのは、僕はこの時計をあんがい時計として使っていたらしく、この日だけで八回は左の手首をむだにタップした。
神戸は小雨、のちに晴れた。つくづく運のいいことだ。阪急でトイレを借りる。屋内の案内板が海側と山側で方向を示すのがやはり面白い。集合時間まで小一時間ほど余裕をもってきたので、元町商店街の喫茶店に入ってコーヒーとプリンを注文して、ポメラできのうの日記を書く。シカク以前までは当日の移動中にある程度書いておいたというか、ツイートを元にスマホで仕上げていたがそれ以降は白紙だった。この時点で予感されていたとおり、この日記もまた僕にしては例外的に翌朝書かれることになる。面白いのは、当日であれ夜に書くのもまた思い出すことのはずなのだが、朝に思い返すと時系列順に書くことがなんとなくばからしくなるから不思議だ。時間ぴったりに本の栞に到着。久木さんと栞さんに挨拶をして、設営の手伝いをしたいのだが要領の悪い愚図として振る舞う。けっきょく10人ほどいらっしゃるらしい。すごい。告知当初はさっぱりで、のんびりお話しできればなと思っていたけれどすこし緊張する。そう言うと久木さんはさっぱりとしていて、僕はこの人の書く描写の精緻さと、このこだわらなさとの関係を考える。変なような気がしたが、そりゃそうだろうという気もする。ふたりとも何を話そうかほとんど考えていなかった。お客さんがいらして、声出しのきっかけとして簡単に自己紹介してもらうと八割は蟹の親子さんの読者で、僕はよく知らない人で、可笑しかった。『差異と重複』をあんなに売ったのに!
僕の下手くそな進行にも関わらずみなさんどんどん面白いお話を聞かせてくれる。僕も蟹の親子さんも日記は公開を前提としているから、誰にも見せない日記の話がとても面白かった。情景の再生装置としての日記。その再生可能性をどの程度じぶん以外の他者にひらくか、みたいなことを考えた。あとは僕にとってたぶん日記は描写の場ではないというか、描写はまたべつのありかたで書くものなのかもしれない。久しぶりに日記のことをまともに考えていて、それはついさっきまで昨晩のことをぜんぶ書きたい、でも到底むりだ、ということを考えていたからかもしれない。人から聞いた日記の話はとびきりの秘密のようなものな気がするから、ここには書きません。イベントが終わって、さあ買い物の時間です、と宣言するとほとんどの方がそのまま本を選んで買っていく、その光景がとてもよかった。僕も夜電波を三冊と、久木さんに教えてもらった本を買う。南森町さんが来てくれていて、久木さんと一緒に冷麺を食べに行くことに。お店の前で南森町さんにシャッターを押してもらって、久木さんと栞さんと三人で写る。僕は情景は文字よりカメラを使うのかもしれない。とにかく人と写真を撮ることにためらわなくなった。これははっきりと滝口悠生の小説の効能だ。
守基さんに会いに元町から新長田まで電車に乗って、元祖平壌冷麺屋へ。16時前とか変な時間だったのだけどお店は賑わっていてすごい。店をのぞいた途端に店主と目が合い、あ、柿内さん、と声が出る。守基さんは『プルーストを読む生活』を楽しそうに読んでくださっているようすを日記に書いていて、お会いできればと思っていたのだ。いまは蟹の親子さんの本も読んでいるらしい。というか、ジョーズのTシャツの上にかぶった黒いエプロンのポケットに『浜へ行く』と『会社員の哲学』が突っ込まれていた。面白くなって写真を撮らせてもらう。僕と南森町さんは焼き肉が載った豪華な冷麺、久木さんはピビンパ。食事が運ばれてくる前に、とサインをお願いされふたりとも書く。へんな感じだ。お店に来てお客さんでありながらお店の人がお客さんでもある。守基さんはうれしそうに、雨が降っていたから具合が悪くて来れないんじゃないかと思ってました、と笑う。けさの柿内さんはこう言っていた、というので誰のことかと思ったがけさ読まれたいつかの僕のことだった。冷麺はとってもおいしかった。このお店の元祖は文字通りの意味で、100年続く店だという。すごい。冷麺を食べ慣れていないのだけどスープまで飲み干すものだったろうか。なんとなく気が引けてそのままにしてしまっていたが、南森町さんはぺろっと飲み干していたのでもしかしたら「残した」みたいになってしまったのではないかとすこし不安になる。一緒に写真を撮ってもらおうかと思ったけれど、僕たちが出るころにまたわっと繁盛して、遠慮した。お店を出たところでひょいっと外まで見送りに出てきてくださったのでやっぱり撮ってもらう。
さて、これからどうしましょうねえ、とぽつぽつ話す。もう本屋に行ってはいけない。これ以上買いたくない、でも行けば必ず買ってしまう、とこぼす。中毒患者じゃないですか、と呆れられる。ここからだと、そうですねえ、つぶれた水族館がある浜がありますよとこちらに詳しいふたりが言うので僕ははしゃいで行きましょう行きましょうと言う。30分くらいで歩ける距離らしい。僕はじぶんで地図を確認しなくていいのが嬉しくてわざわざスマホをリュックにしまって、ふたりにまかせきりでただ歩くことにする。防犯ブザーみたいなビェーと鳴く鳥がどこかにいて、姿形はわからなかった。でかいホームセンターとスーパーが一緒になったみたいな施設があって、表には三角コーンや建材が積まれていた。地場のスーパーの魅力について話を聞いているとだんだん海の気配が強くなる。工業地帯に迷い込んでいて、『スタンド・バイ・ミー』みたいですねと誰かが言って、映画の話をした。工場の表に何人もの子供が集まって大人が何やら褒めているのだが、子供たちは地面に向かってなにかを片付けているのか散らかしているのか判然としない。何やら楽しそうではあった。大きな通りに出ると目の前に山があって僕はもう海はおしまいなのではないかと思って少しがっかりした。でもふたりは疲れてないですかと気遣ってはくれるけれど海は嘘でしたとは白状しない。いぶかしがっていると金属製のイルカが跳ねていた。ほとんどがテニスコートと駐車場のような無味な公園を突っ切るといきない視界が開けた。浜じゃん!油断したところにいきなりほんものの海辺に出たからすごいすごいと嬉しくなってしまう。左右にひろびろしていて、臭くない。海藻が少ないのだろうか。ずっと向こうにセルフィーを撮る一団が見えて、なぜか海ではなく砂を背景にしている。僕たちも砂浜に下りていく。波打ち際にも行く。とっておきの貝殻をお土産にしたらどうでしょう、と久木さんが行ってくれて、とっておきを探す。とっておきにこだわりすぎてけっきょく拾わなかったけれど貝殻を探すのは楽しい。向こうに見える影は大阪?ここでひさしぶりにスマホの地図を見て、そうだあれが和歌山、あちらが淡路、ということはそのむこうに四国。内海の面白さだ。駅に向かって歩くと屋上でビアガーデンをやっていそうな雰囲気の建物が立派なスピーカーのように複雑な音を漏らしていた。駅は階段を上がったところにあって、最後にもういちど浜を見晴らせる。弓道着の学生たちが海を向いていた。
電車に乗るとなんとなく遠足帰りみたいな気分になった。向かい合った席がそうさせるのかもしれないし、ただたんに遊び疲れて眠いからかもしれない。スタンダードブックストアはいまの形は今日で最後。ワンコインで和彦さんが酒を振る舞っているらしいので僕はそれに行こうと思いますと言うと、じゃあここでぬるっと解散かしらということになりかけるが、大阪が近づいてくるところで久木さんが、思案顔で、やっぱり行こうと思いますと言う。こうやってきょうという日を蛇足になるくらい引き延ばしていくのが僕は好きなのでうれしくなる。あとすこしで大阪、というところで一瞬だけ眠ってしまったようだった。長い一瞬だったらしいが。
天王寺に向かう車窓から見える大阪は0.5ミリの輪郭で夕暮れの紫に塗りつぶされてた。スタンダードブックストアについて、和彦さんに挨拶。ハイボールをもらってから、二階に上って明彦さんにも挨拶。閉店ギリギリだったけれどまだ人が残っていて真剣に本を選んでいた。階下に戻って和彦さんと話していると久木さんと南森町さんは表に近いところのテーブルにいて、僕はすでに酔っ払ってわけわかんなくなっているから二人のところになかなか戻らず奥のカウンターでいろんな人とへらへらしていた。明彦さんが先に帰る。その前にと表で和彦さんと明彦さんと久木さんと四人で写真を撮ってもらう。それからまた飲んで、ふたりが帰るので今度は南森町さんと久木さんと三人で撮ってもらう。僕は飲み続ける。この場所が好きな人たちが、あくまでほがらかに酔っ払っていて、僕は悪そうな大人や、悪い大人や、坊さんの話をあれこれと聞きながらぺろんぺろんだった。あなたはすごいですね、どうしてそんなに人の話を聞いていられるんですか、と坊さんに言われて可笑しかった。また会いましょうね、といくつもの約束をして、なにもわからないままなにもわからない電車に乗った。乗る直前、電話がかかってきてさっきまで一緒に飲んでいた人で、オールするか、とその場で連発していたのと同じ調子で言う。名残惜しいけどもうわけわからなくなってるから帰りますと応える。それでも宿に帰れるから大したものだし、お風呂にも入った。さすがに今夜は寝れた。翌朝せねばならない荷造りに苦戦する夢を見た。
