最終回じゃん。ちょうど週末に千秋楽があった舞台の音楽を流しながら読んでたらちょっと泣いちゃった。はりきってみて良かったね。
あさ、Slack の日記の誤字脱字を指摘してもらえるチャンネルを確認するとおとといの日記を読んだ奥さんから上のようなコメントが来ていて、通知を切っているから気がついていなかった。じんわりと嬉しくなる。
酒が残っていて、7時前には目が覚めてしまう。うめき声をこらえながら荷造りをする。不思議と本はスーツケースに収まった。ざっくり数えたら30冊くらいあった。へんなの。部屋のシャワーはガスが止められている時間帯でお湯が出ないから階下の風呂場を貸してもらう。旅館の人は休んでいるのか外出中なのか気配がないので勝手に使うと水で、いちど服を着て廊下に出て給湯ボタンを押してからもう一度入る。勝手知ったる他人の風呂。熱いシャワーを浴びて、部屋に戻ってきのうの日記を書く。だんだん宿の人気のなさが不安になってくる。死んでたりしたらたいへんだ。きょう帰らないとなのに。
書き終えて階下に行くと出迎えてもらえて安心する。都島駅前まで歩いてこっぺできつねうどんを食べる。350円。大きなおあげが甘じょっぱくておいしい。スズキナオさんに教えてもらったお店。背中の曲がったご夫婦が切り盛りしていて、おおきに、の声が優しい。天六方面へぶらぶら歩いて川べりに出る。おとといの夜ここをナオさんと午後さんと歩いた。あさの光のしたで見るとまたちがったいい感じ。川の上を船が下手から上手へと滑っていく。しばらくぼけーっとする。満足して、さすがにくたびれたな。きょうはさっさと帰ろう。宿に帰って、お礼を言う。スーツケースを持ち上げる。旅館の人は本がたくさんで重たいでしょう、と気遣ってくれる。毎日お昼に部屋を整えてくれていたから、日に日に本が積まれていく光景はさぞ奇異であったろう。たくさんの本を引きずって歩く。野江まで歩く。このへんは歩道が半分ずつに塗り分けられていて、片方は赤くて自転車の記号と「歩行者注意」という印字がある。これはこの赤い方が自転車通路なのか。それとも歩行者が注意して歩くべき通路なのか。道行く人はこの二分を誰も気にせず気ままに歩いている。それなのに、スーツケースがあるからか、僕だけが通行の妨げになっているような気がする。阿倍野だんごというのを見かけたので買っておく。野江駅に近づいて、そういえば昨晩いっしょに飲んでくれた人はこのあたりに住んでいると言っていたっけ。僕がなにか施設の名前にキョトンとすると、え、このへんの人じゃないんだっ、と驚いてくれた人。愉快だったな。野江駅の新幹線の切符を売る自販機はおばあさんには難しくて、駅員が二人がかりで感じよく助けてあげていた。のんびり待つ。切符を買う。
新大阪でお土産を選ぶ。何かリクエストあるかしらと奥さんに連絡していて、返事がなさそうだったから餃子といなりを買ったら、551の焼売と応えがあったのでそれも買う。保冷の袋ももらったからほかのお土産もぜんぶ詰め込む。当駅始発の自由席に並んであぶなげなく座る。二列の窓側をとれたから隣は開いたままかと思ったけれど赤い髪の異国の匂いがする観光客がどかっと座ってがばっと椅子を倒した。寝たいけどなんとなく寝れそうになかったので日記を書いておく。家に帰ったらじぶんに最適化された布団で寝るんだ。だんだん気が付いたこととして、隣を空けたかったなら三列の方の窓際に座らなくちゃいけなかったのではないだろうか。
日記が新幹線に辿り着いてしまうと『チェヴェングール』。なんだか、すごく久しぶりな気がする。みんな、元気だった? 革命の調子はどう? プロレタリアの力は食欲ある? あ、ごめん、もう新横浜だって。またねー。
0.2ミリの町に帰ってくる。この町はさっそく愛想がない。大阪では道行く人から不機嫌さを受け取ることがなかった気がすると思ったけれど、それはおそらく僕が好きな人たちに会って、よそもので、ごきげんであろうと意識していたからでもあるだろう。はやく奥さんに会いたいなと思う。家に近づくほどにうきうきする。それと同時に、僕が出発する前日に同居人が出て行ったので、これからは二人暮らしなんだなというすこしの不安もある。いまは電子レンジもないし。なんだろう、初々しいような、そんな感じなのだ。話したいことも、見せたいものも、たくさんある。はやく会いたい、そのためにまっすぐ帰っているのかもしれない。ただいま!と大きな声を出したかったけれど、月曜日の奥さんは会議中で、あ、ども、と軽く合図をするだけの帰宅になった。
15時前くらいでいま寝てしまうとたぶん明日まで起きれない。お土産を冷蔵庫に入れて、動き続けなきゃとさっそく荷ほどきを終わらせて洗濯機を回し、追加納品分のクリックポスト──奥さんが梱包しておいてくれた──を郵便局に持って行きつつ、ついでに夏用の布団をコインランドリーで丸洗いする。ランドリーの時間までにスーパーで野菜を買って、野菜室に突っ込んで家の洗濯機を脱水だけでもう一度回してランドリーに引き返して乾燥機に移して、乾くのを待ちながら今週のジャンプを読んだ。あっという間に日常に戻るわけではない。西で受け取ったほかほかした気持ちのままでふだんの生活を始めてしまうことで、もらったごきげんさをなるべくそのまま日常に定着させるための行為の連鎖だった。日記のための目も、よそものの名残がまだあって、雨の日の道路の状態や、遠くの車の音の響き方や、鳥の声、人の動きの癖の違いなんかがいちいち面白く思える。しめたものだ。
家に帰って洗濯を干して、布団にカバーを掛けているとやることがなくなってきてついうとうとする。奥さんと会議の合間にすこしだけおしゃべり。でも仕事終わりまではちゃんと待たなくちゃ。すこし横になる。やばい。布団ってすご。なんかぜんぶ受け止めてくれるやん。ふわって、こちらの輪郭にそっと表面を添わせて、あ、寝
寝た。目が覚めたら奥さんに起こされていて、もう退勤していて、ほうじ茶を煎れてお団子を一緒に食べる。いろんな人から渡してもらった、嬉しかったことをたくさん話す。よかったねえ、と言ってもらえる。長谷川書店やスタンダードブックストアでの出来事を語っていると、すごいね、青春だ、と目を丸くしてにっこり笑う。それから31冊の本を積み上げて録音をする。人の話はとっておきなのでなるべく文字にして、声では本の話だけに徹するつもりで録音。20時くらいにアップする。奥さんと話していて気がついたのだが、僕は大阪で日記を書くときなるべくぜんぶを奥さんに伝えたいと思った。だからふだんよりも情景を描写しようとしてみたりした。それはこの日記が手紙のようなものだったからだ。じっさい奥さんと話してから、しゅるしゅると描写への関心は萎んでいて、もうそのへんのことはさっきおしゃべりしたしなあと思ってしまう。でも、せっかくだから訓練のように面倒な書き方を継続させたいような気もする。やれるだけやろう。最後の手段のキャップを奥さんにかぶってもらうと似合っていてとびきりキュート。写真を撮る。
焼売をせいろで温めて、酸辣湯を奥さんがちゃっと作って、いなりと一緒に食べる。ここでもまだまだしゃべる。何を話しても何かを思い出す。話の途中でも、あ、この穴子おいし、だとか、山椒がきいてる、だとか、あれこれと食べているものへのコメントをせずにはいられない二人はふだんは食べている時は食べているものな集中する。たまにこうやって食べることと同じくらいしゃべりたいことが止まらないことがあると、三つくらいのやり取りが同時に並走するようなことになる。
同居人の部屋のシーリングライトをリビングの照明と交換してみることに。取り外しにけっこう苦戦する。灯りが変わるだけでずいぶんと印象が変わって引っ越し気分。これから不足を補いつつ、そもそもの動線もいじってみたりして、ふたりの暮らしの場合のいい塩梅を探っていくことになる。なかなかに気が重いけれど、すこし楽しい。ひとまず溢れた本は新しくできた部屋に収めた。ここに本を持ってきて書斎みたいにできたら夢みたい。眠すぎて壊れてきて、奥さんから言われたことを二秒で忘れるし、じぶんが思い描いていた三秒後の近未来の行動計画もどこかへ行ってしまうようになってきたからもう寝ないと。
