寝坊してなお眠く、午後までベッドでぐずぐずしていた。日が昇るにつ入れ室内の温度もぐんぐん上がり、さすがに寝苦しくなってきたのでしぶしぶ起きたが、また寝た。夜ねれなくなるよ、と呆れたような諦めたような声で注意してもらえるうちが華だ。仕事に身が入らず、些末なところにばかり気を取られ何も進まない。イライラしてしまう。自分の無能のもどかしさに、あるいは気力の練り方を忘れてしまったことに。とにかく落ち着いて椅子に座るということにさえ困難を覚えていた。
発熱が落ち着いて24時間以上経過した。外に出てみよう。木曜からずっと景色が変わらないでさすがに気分が倦んできている。せっかくならまだ日のあるうちに。暑さはじゅうぶん承知だが、それでも日のあるうちに出かけたかった。それで16時前に散歩に出かけた。五日以上延滞してしまった本をリュックに詰めて図書館へ向かう。日傘は折りたたむのが面倒だったので長いほうをさす。五日ぶりの外だ。サンダル越しにアスファルトの熱気を感じる。イヤホンをして、働き者ラジオを聴きながら足を交互に前に繰り出す。帰りにコンビニでクリックポストの伝票も印刷して、ついでに焙煎屋で豆も買おう。コンビニではドーナツも買っちゃってポイントカードが溜まっているからアイスコーヒーをサービスしてもらおう。あ、楽しい。足を動かしているだけで、僕はどこにだって行けるのだ。そう思うとうれしかった。住宅街の木陰の多いお気に入りの道を選んで遠回り気味に到着した図書館はきょうに限って休館日で、そんなに毎月あるわけでもない休館日をわざわざ引き当てるというのを僕は一年に三回くらいやらかす。いったいどういう確率の悪戯なのであろう。数学は弱いからわかんないけれど、なにかしら計算したらそれなりの分析結果が出るであろう。まあいいや、返却ボックスに返しても構わないぶんだけ投函して、再貸出しするものは持って帰ることにする。ちょうど下校の時間で、どこかの校門から子供たちがわらわら湧き出してくる。みんなこんがりしていて熱そうな表皮をしている。焙煎屋では豆とアイスコーヒーをいただいて、世間話のキレの悪さに自分の体調の万全でなさを感じる。暑さで参っているように見えただろうか。コンビニに寄って家に帰る。30分弱、3000歩の散歩。これがいまの僕にはあまりに楽しくて、思わず涙ぐんでしまうほどのものだった。なんらかの脳汁出てる。ひさしぶりの歩行と日光の合わせ技で、幸福を感じる物質がどばどば分泌されているのがわかる。ああ、僕は外が好き。散歩が好き。買い食いが好き。外を歩けてうれしい。なんでもできる。アイスコーヒーをひと口飲む。おいしい。なんておいしいんだろう。五日ぶりのコーヒーに、思わず、うめえ、と声が出る。さっきまでの焦燥感って、もしかしてカフェイン切れの反応だったりしたのだろうかと考えが及んですこし怖くなる。中毒者の自覚。そうか、僕はまず人間をやりかかったのだな、と思う。健康になって、まずすることが労働なんて間違っている。元気になったなら、まずはちゃんと歩いたり、読んだり、するべきだったのだ。やらなきゃいけないことは、そのあとだった。
帰宅して、停滞していたあれこれのリストを作る。稼働日としては三日程度で、だから落ち着いて眺めてみればそこまで大したことじゃない。なんなら今日やらないでも明日やればどうにでもなることも多いとわかった。手を付ける順序まで明らかにしたところで、今日はよしとした。明日でもいいことは、なるべく今日やらない。なぜなら、やるのはいつだって面倒だから、なるべくまとめてしまったほうがいいから。
夕食はハンバーグ。包丁を使わずフライパンの上でこねて、ラップで成形して楽ちんなのにしっかりお肉でおいしい。ゴミ捨てして、納品する本を投函した。むちむち黒歴史マンをぶっとばして、ハイラルでの旅もひとまずおしまい。まだまだ遊びではあるけれど、ラストまで駆け抜けたという手応えは大きくて、エンドロールを眺めながら追い焚きのボタンを押して、ふたりで見つめあってお互いの健闘を労っていた。今作は、すごく「ゼルダの伝説」だったね。そうだね。
