2023.08.08

雨傘は風に立ち向かうようにしてさせば自ずと雨を防ぐことができるが、日射しは地上の風向きとは無関係であるのでどうしても骨に負担のかかるさしかたになることがある。折りたたみ式の日傘はだからもう二本だか三本目で、いまも骨の連結部がひとつ致命的な損傷を被っている。長傘も持っていてこちらは安定するのでよいのだが、慢性的に片手が塞がるのが難点だ。

夏は毎年のように手のひらの皮がべろべろに剥けるので僕は爬虫類なのかもしれないのだが今年は特にひどくてまだ次の皮ができていないうちから剥離するので親指と人差し指はしわくちゃで真っ赤なほとんど肉みたいなのが露出している。ふつうに痛い。でもiPhone の指紋認証は通る。寒いより暑いほうが気鬱が促される感じがある。息苦しいからだろう。寒いと呼気もぴりっと鋭く、深くなる。寒さは淋しさを引き立てるが、のっぺらな憂鬱は暑さにあえぐなかでこそ育つ。

『文學界』の反応が気になる。きのうの繰り返しになるが、いつだって、どれだけ冷静に検討してみても自分の書いたものがいちばん面白いのだが、それはこれまでの濫読で自分のなかに形成された文脈上に必然的に置かれたテキストだからであり、この文脈を共有していない他人たちと共用しうる評価軸に照らし合わせてどれほどのものであるかをある程度以上の精度で感知できないでいると無惨なことになる。どのようにして他人相手にこちらが醸成してきた文脈を押しつけることができるかが文章における下拵えの部分であって、本来ここの手順をどれだけ丁寧に行うか以外に他人と分け合うさいに重要となることなどない。しかしこれはひとつの戦術としてはそうであるというだけであって、ほかにもやりようはある。たとえば、いっそ読み手とのあいだにある切断面の鮮やかさを見せびらかしてしまうという手もある。文脈を意図的に秘匿することでどこか浮世離れした雰囲気や近寄りがたさを演出して、読み手に一種の崇高さめいたものを錯覚させるのだ。僕は自分ではそういうのは書かないと思う。そういう格好つけかたが様になるタイプでもないし。気さくで偏屈というのが理想だ。なんだか今日はくたびれてしまった。超ごきげんになりたい。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。