2023.08.18

MANKAI STAGE『A3!』は原作のスマホゲームからして二人称である。つまり「あなた」の物語なのだ。東京郊外、天鵞絨町には劇場のひしめくビロードウェイという通りがある。その一角に構えるMANKAIカンパニーはかつては人気劇団で、春組、夏組、秋組、冬組の四つの組がそれぞれの個性を華ひらかせ観客を魅了していたが今では廃業寸前。創立者であるあなたの父は蒸発し、メンバーは離散。唯一居残りひとりで劇場を管理している松川支配人のもとにやってきたのは、寮完備・住み込み劇団員募集という貼り紙に吸い寄せられた佐久間咲也という若者のみ。かれはどうも家に居づらい事情があったらしいのだが、裏表を感じさせない天真爛漫さでまわりの雰囲気を明るくしてくれる。しかし、演技はまるで下手くそでセリフ一つまともに読めやしない。そんななか、いぜん行方不明の父親宛の手紙を受け取った「あなた」は劇場を訪れ、この壊滅的な駄芝居を目撃するほとんどただ一人の観客になる羽目になる。厳密には一人ではなかった。客席には借金取りのヤクザがいて、上演中に芝居を中断させると返済が叶わなければ劇団を潰すと凄む。「あなた」はヤクザに焚き付けられ、支配人と咲也に泣き落とされ、とても断れそうにない雰囲気に呑まれMANKAIカンパニーの「監督」として劇団の再興に乗り出すことになる──

これが物語の始まりで、舞台版は春組と夏組のメンバーが集められそれぞれの初公演を成功させるまでを描く『SUPRING & SUMMER』(2018年)、おなじく秋組と冬組が結成されなんやかやで借金の返済と劇団の存続を勝ち取るに至る『AUTUMN & WINTER』(2019年)という二つの公演を経て、寄せ集めでしかなかったそれぞれの組ごとに固有の関係性が生まれ、本格的に演劇活動にのめり込んでいく様を20年から21年までかけて組ごとに四本の作品が上演された。22年からは「ACT2!」と銘打たれ、再び四つの組ごとに新作が上演され、五人ずつだった組に新しいメンバーが加わるさまが演じられる。四年かけて円熟した座組に新しい演技が持ち込まれることで新鮮味とより強固な「その組らしさ」が打ち立てられ、今年は「ACT2!」の第2フェーズが始まっている。

昨日観に行った公演は夏組公演だ。夏組のメンバーは、子役時代から天才と持ち上げられるも生の舞台にコンプレックスを抱えていた皇天馬、「可愛い服が好きだから」という理由で女の子のような服を着こなし全公演の衣装も手がける瑠璃川幸、「王子様になりたい」という夢をもちながらネガティブ思考にとらわれがちな向坂椋、初代MANKAIカンパニー関係者の家に生まれ育つも壮絶なネグレクトを受けて三角しか愛せなくなっていた斑鳩三角、表面上ギャル男を演じてちゃらんぽらんだが気遣いのできるいい子であることを隠せない三好一成、秋組メンバーの兄に憧れ新規加入した兵頭九門の六人である。

今作の中心は三好一成と向坂椋。かれら二人の初主演作の上演に向けたドラマが主軸となっていく。このシリーズは組ごとの公演の場合、休憩を挟んで二幕構成の舞台は二本の演劇の制作と上演を描くことが多い。幕ごとに稽古と上演が繰り返される。今作は演じられる世界のなかで、さらに作中人物たちが上演する演劇作品が上演されるという格好なのだ。劇中劇の内容は、そのまま劇団員たちの個人的な物語とリンクするもので、稽古期間中にそれぞれのキャラクターは己の過去や弱さと向き合いこれを克服していくというのがお約束の展開となっている。

かつて奥さんはこんなことを書いた。

「2次元の漫画・アニメ・ゲームを原作とする3次元の舞台コンテンツ」(一般社団法人 日本2.5次元ミュージカル協会 HPより)と定義されているので2.5次元舞台はすべからく二次創作だと言える。そして原作サイドの意向がどの程度反映されるかは作品や主催によってまちまち。これは原作物のアニメなんかも一緒だと思う、アニオリ回が微妙とかキャスティングが不満、作画……とかよくある話だし逆に週刊連載作品特有の早すぎるテンポがアニメの演出でぐっと良くなったりすることもある。

(中略)

2.5次元が必ず二次創作だという話は上述の通りだけどそもそも演劇において演出も演じることも二次創作だ。テクストに書いてあることを舞台に展開したり役者が演じるにあたって発生する解釈は創造性を帯びることを避けられないし、身体表現として個々の身体を通過する時点で一次創作(テクスト)そのままではいられない。なので2.5次元では常に「原作に対する二次創作」×「身体表現の二次創作」が行われている。

そしてエーステは脚本完成~千秋楽までを繰り返していく構成になっているのでキャラクター達が自分と分かちがたいものとして役を演じていく過程を見せることになる。当然そこにはキャラクターに対して役作りをしている役者もいて、そこに思いを馳せずにはいられない。スカイ船長役に向けて役作りをする斑鳩三角を観るとき(引用者註:演出家の)松崎史也が解釈した斑鳩三角の役作りをする(引用者註:三角役の俳優)本田礼生のことを考えずにはいられない、というわけだ。

奥さん(踊るうさぎ名義)「演劇の二次創作性を前景化するものとしての2.5次元: MANKAI STAGE『A3!』~SUMMER 2019~」https://akamimi.shop/?p=1454

「二次創作」という解釈の営みからこのシリーズを観ていくと非常に高度なことが行われていることがわかる。第一に、原作ゲームのキャラクターを解釈しこれを舞台上に演技として展開すること。第二に、第一のキャラクター解釈に基づき劇中劇の登場人物を自身が演じるキャラクターとして解釈すること。第三に、劇中劇において俳優は劇中のキャラクターによる演技として演技を遂行すること。この入子構造によって浮き彫りになるのは、非実在のキャラクターにリアリティを付与するという演技の特質である。

異能バトルものなんかは「非現実的な部分をどう表現するか」が見どころとして語られるけどエーステはそうじゃない。生身の人間が実現可能なことしか起きない話だからこそ、際立つキャラクターの非現実感と向き合う必要がある。非現実的なキャラクターがリアリティを獲得するために演出や役者が解釈を積み上げた結果として、舞台の幕が上がっている間だけ存在できる夢幻がある。

同上

『A3!』はどのキャラクターも荒唐無稽でご都合主義的な造形をしている。設定だけ見るとあまりの幼稚さに失笑する他ないのだが、このキャラクターが演技者として芝居を解釈し演技するというプロセスを繰り返す中で、演技する主体としての厚みがどんどん増していくというのがエーステの醍醐味なのだ。

ここにはたとえば劇中でも仲良しである三好一成と斑鳩三角を演じる俳優がエーステ以外の作品でも共演していたりイベントで一緒だったりと交流が深いことなど、さらに一段メタな視点からの情報も加わってくる。僕としては二幕の主演向坂椋にかれを演じる野口準の成長を重ねて観てしまった。かれは初演時は一〇代で、全員まだ手探りで荒削りであったなか誰よりもぎこちなかったのだが、いくつもの現場を経てこうも頼もしくなったのか、と感慨深い。そう、何年も追っていると作品世界そのものに流れる時間が幾層にも重なって、それ自体がなにものかになってしまうから僕が観ているのはひとつの上演ではなく、この時間の厚みそのものというところもあって、毎公演どうにも記述に困ってしまう。

今回、一成は劇団の仕事のかたわら通っている美大でも結果が出てきて、美術をより勉強するための留学と自身の初主演公演とを天秤にかけることになる。椋は「王子様になりたい」という長年の夢を舞台上で叶えるチャンスを前に、どうしても卑屈になってしまう自分自身と格闘する。これまでの公演で「絵も演劇も両方やりきる」と決意を固めてきた一成だからこそ、とうとう二者択一の必要を迫られたときの葛藤の大きさがこちらにも伝わるし、最初からずっと少女漫画の王子様への憧れを語ってきた椋のプレッシャーも痛いほどにわかってしまう。

繰り返すが、このシリーズは二人称の物語だ。観客は「あなた」としてかれらの物語を見守り、これまで多くの助言を劇団員のかれらに与えてもきた。そのたびかれらはご都合主義的にあっさりと「そうだよね」と解決に至ってしまうこともしばしばだった。舞台上のかれらはまっすぐこちらを見据えて「監督」と呼びかけてくる。悩みを打ち明け、相談してくる。上演中に蓄積する時間の厚みは、単に舞台上だけにあるのではなく、劇場全体で成立している。ここまでの道のりは、かれらと「あなた」で作ってきたのだと、かれらは何度も何度も客席に呼びかけてきた。だからこそ、夏組のかれらがかれらだけで問題と向き合い、個人が誰にもよりかからず自分で自分の答えを出していく姿にいっそう胸を打たれるのだ。葛藤するかれらは、今回の上演においてほとんどこちらに「監督」と声をかけてこなかった。はじめての感情に戸惑うかれに誰もが同じ気持ちだと応えるのは「あなた」ではない。虚空に向かって放られた「助けてくれ」は同じ組の仲間たちに掬い取られ、どうしても自己卑下してしまうかれの背中を押すのはかれ自身の振る舞いによってだ。もうすでに、かれらは「あなた」の助言にすがってはこない。かれらは自分たちで乗り越える経験を重ねてきて、かれらの公演としてまっすぐに向き合うことができるのだから。

やっと自立してくれたんだね。「あなた」としての僕は、それが嬉しい。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。