2023.09.06

『陰摩羅鬼の瑕』を読み始め、再読よりも速度がつけられないからだろう、すこし落ち着いてきた。これまでも再読といいながらもろくに内容を覚えていなかったのだからここまで猛然と読めた根拠がはたしてほんとうに一度読んだことがあるというのは疑わしい。昼休みはべつのものを読もうとあえてKindleを置いていって、ランチの時間に『白の闇』の文庫を読んでいた。紙は久しぶりだな、すごい勢いでページが進むというか、車高の低い車のようなものだろうか、速度が目に見えてわかるだけで感じかたがずいぶん変わる。しかし紙だとページを抑えておかないと食べながら読めないのだよな、ほんの二週間ぶりくらいなのに、ずいぶんと体は電子化されているというのは大げさで、どちらもいい感じに読書である。さいきんは京極一色なのがなんとなく物足りなくなってきたから、読むものを時間で分けるのもいいかもしれない。午前中は京極、お昼は文庫、夕方以降はべつの本。しかしミステリというのはどうしても短期記憶勝負だから、いっぺんに読まないと心許ないというのもある。

『陰摩羅鬼の瑕』では榎木津が、『白の闇』では無数の人々が失明していた。どちらも一時的なものであるとされたが、後者のほうは快復の見込みはなさそうだ。なんの前触れもなく目の前が真っ白になるその現象は感染症であるとして、盲いた者たちは廃墟になりかけていた精神病院に隔離される。いきなり見えなくなって馴染みのない空間で集団生活を余儀なくされた二百人強の人々は、トイレに辿り着くのも至難の技で、そもそも貯水槽もろくに手入れされていないからあっという間に廊下や中庭まで糞尿まみれになる。長野に出向いた探偵はなにも気にすることなくずんずん歩き、温い紅茶を飲んでぐうぐう寝てる。トリフィドを思い出す。小学校の図書室に置いてあったこの本で、失明という恐怖を刷り込まれた。目が見えなくなったらどうやって本を読むだろう。寝る前に『豆腐小僧双六道中』を音読するようになって、こうやってふたりで読むのもいいなと思うから、たまには奥さんに読んでもらうかもしれない。小難しい本は耳から入れるのはできないだろうな。僕は人の話を聞くのは苦手で、ついつい聞き流してしまうから。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。