2023.09.20

文学少年だったのでやはり病弱な妻というものに憧憬をもってはいたし、奥さんは奥さんで文学少女だったわけで病弱な妻として風采が上がらない物書きの夫を焚きつけるようなありかたをいいなと考えたこともあったという。しかしじっさいに奥さんがお腹の痛みを抱えて半月ほど病付いていると、ただ心配なばかりで何も面白くない。ただでさえ僕は足が長くて奥さんは全体が小さいので歩幅の差がたっぷりあるというのに、不健康な足の運びはよけいに遅いし、ずっと横臥しているから縦の方向の景色が物足りない。世の歌うたいの男の子はよく世界を敵に回しても君をなどと宣うが、じっさいに大事なのは急いでいるときにのたのたしていたり、うきうきしているときに北半球が全滅したかのような仏頂面でいたとしても、それで邪魔をされたとか水を差されたとか思わずに、思ってもいいがそれを脇に置いて気を遣ってやれるということであるはずで、歌うたいは敵を漫然と外に求めたがるようだがだいたいそれはすぐ傍にあるものだ。支えるのではない。支え合っているのでもない。もたれかかっている。もたれ合って暮らしている。もたれている側は楽チンだが、もたれかかられている側は重たくて大変だ。しかしお互いに楽チンでありながら大変なのだからまあよいわけだ。『劇場版バクチク現象』で25周年を迎えた十年前のBUCK-TICK にバンドを続ける秘訣とはと投げかけたインタビュアーに応えて櫻井敦司は愛ですと応え、つづけて今井寿が忍耐ですと応える一幕がある。両方なのだが、順番が大事で、忍耐から愛は生まれない。そういうことではないでしょうか。きょうの人生訓でした。解散。

美容院の予約を入れたつもりで系列の別のお店に予約していて、しまったことだった。親切に電話をしてくれて発覚した。予約を取り直して予定よりもすこし後ろ倒しになってしまい、帰宅時間が通院する奥さんとちょうど同じくらいかなと見込んでいたのがやや遅れそうだ。高架下で見舞われる電車の通過みたいな雷鳴だった。雨にはそんなに降られずに済んだ。美容院では四〇分くらい待たされて、そのぶん念入りにシャンプーされて二度も簡易のマッサージを受けたからお得だった。本も読めたし。待ち時間がいちばん捗るから、本を読みたい時は待たされるに限る。

夕食の白身魚と長葱の煮物がたいへんいいお味だった。梨と白木耳の和物も何度かの試行錯誤の末に辿り着いた正解の味がした。食後、浴槽を洗って湧くのを待つ間にソファで小一時間寝こけてしまっていて、夢をたくさん見た。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。