2023.10.01

朝は早起きで神保町。「非哲学者による非哲学者のための哲学入門読書会」。きょうからの課題本は千葉雅也『現代思想入門』。すでに読んでいて油断していたのもあり、義務である三回の通読を終えたのが前日になってしまい、コメントは当日講義のあいまを縫って書き継ぐような形になったが、これは前回もそうだった。講義を聞きながら、今回じぶんにとって必要なチャレンジが思い浮かび、すぐさまやってみようと試してみるというような使い方をしている。前回の本は、よくわからない人の話をなんとかきちんときくために、極力こちらの先入観や前提を廃して、こちらが参照可能な資源を活用することで相手の環世界の近似値を描くことを目指すような読書だったが、今回はよくわかってしまう人の話について、なぜこの話にここまで困難なく納得できてしまうのか、という共感の前提を検討するような読書であり、これはどちらも書いてあること「だけ」を読むというのは当然のことのようでかなり難しい、ということを確認する作業である。本を読むとき、自分が勝手に自明のことと思い込んでいる偏見セットを知らず知らずのうちに使いながら読んでいるというのは気をつけなければいつもそうで、これは実はじぶんが反感をもったり納得できない本のほうが起きにくい。なぜならそういう本を読むときは手持ちの偏見セットによる思考の節約が成立しないので、セット内容を自明のものとしてスルーできずいちいち再検討することになるからだ。これが初読でわかってしまう本というのは、じつはかなり狭い界隈の中でだけ通用する特殊な不文律を勝手に適用して読んでしまっていることも多く、しかもこれはこれで大半が適用が過剰だったり不足していたり、誤読のとんでもなさはこのケースの方が多いように思う。仲違いというのは仲良しだから起こるのであって、そんなこと言わないでもわかるでしょ、と思っているからこそ、わからなくて険悪になるのである。そういうときこそ、自分が投影するものではなく、自分に差し出されているものをきちんと読む必要があるのだ。

お馴染みの中華を食べて、蔵書の整理についての話、とくに自炊についての関心が高まり、夕方から吉川さんが出るというシラスの番組を購入する。打ち合わせも兼ねて宮崎さんとタクシーで下北沢へ。車内であれこれお話しして、車だと線路を無視して街を動くから面白い。市ヶ谷から新宿に出て初台かと思ったらもう下北沢で、しかしこれはだいたい線路に沿っているような気もしてきた。車内にはディスプレイがあってずっとコマーシャルが流れていてこれの動きが窓の外を流れる景色とリズムがちぐはぐで終盤はすこし酔ってしまった。手元でメモをとろうとしたのもよくなかった。僕はバスでもスマホを見るとすぐ気持ち悪くなるのだ。顔から血の気が引くのがわかる。宮崎さんの話にもだんだん空返事のようになっていき、はやく降りたい、と考えるのだが、世田谷の道は狭苦しく入り組んでいて、タクシーはいつの間にか走りにくそうな住宅街からごみごみ人でごった返した商店街に迷い込んでおり、徐行を強いられ、坂の上の三叉路は右も左も正面も「この先車侵入困難」を書かれており、運転手はどこにいくのも地獄、というような溜息をついていた。そうなんだよな、このへん車だと最悪なんだよ、上京したとき名古屋から車を出してもらって、父は下北沢から梅ヶ丘あたりの道の走りにくさに、二度と東京にはこない、と苦々しく言い捨てていたのを懐かしく思い出す。タクシーが右を選んだら日曜は歩行者天国のようになっている道で、歩行者からの非難の目を投げつけられながらのろのろと抜けていく羽目になり、僕はいっそもう吐きたい、と思い始めているとなんとか辿り着いた。なんとか吐かないで済んだ。BONUS TRACK で、BOOK LOVER’S HOLIDAY。入口に桜木さんがいらしてご挨拶。ブックマート川太郎のブースで太田さんとわかしょさんとおしゃべりして、太田さんが『文學界』のエッセイ論を読んでくださっていてたいへん嬉しい。犬の看板籤を引いて、川柳の本を買って、旗原さんは機械書房メイトという気がしているがはじめましてで、これを読んでほしいとおすすめくださった一冊を買ってみる。隣のブースがコトバノアリカというブースでお名前に見覚えがありいつだか『会社員の哲学』の感想を投稿してくださっていた方で、ご挨拶して、お話が盛り上がる。B&B ではゴフマンの『行為と演技』の新訳がちくま学芸文庫が出ているのをけさ知って、あったら買おうと思っていたらあったので頼もしく、あ、京極夏彦が帯コメント出しているんだと今さら気がつき『恐怖の正体』も買うことにし、であればセットで『屋根裏に誰かいるんですよ。』もいっとくか、とこの三冊をレジへ。空飛ぶナンを見せてもらう。

太田さんが新代田から来たんですか、あっちは盛り上がってるみたいですね、こっちには流れてきそうでこないんですよ、と恨みがましく教えてくださったのだが、あちらでもイベントをやっているらしい。あ、サニーさんも出てるんだ、と軽い気持ちで歩き出し、宮崎さんは徹夜明けでたいへんそうだったのでここでお別れだった。世田谷代田駅までは緑道ですぐだしと到着して気がついたが新代田はもっと北だ。歩いていくとすごい人だかりで、番号順に呼び出しているという。で、その番号はどこでもらえるの、と交通整備のお兄さんに聞くとおれはそこまではわからんとのことで、ひとまず並んで見るのだが埒があかず、どうやらライブハウスの待ちのようで、イベント自体にはすぐ入れるようだった。入場料がかかってびっくりしたが、ステッカーがもらえたのでよかった。Books & Somethingというイベントで、似顔絵やどら焼きもあって楽しげ。高松さん、大川さん、小林さん、柳沼さん、いつの間にか知っている方がどんどん増えていて、みなさんと楽しくお喋りしているだけでだいぶ満足した。竹田さんもお客として来ていて、あらまあ、とご挨拶したり、桜木さんとまた会って愉快だったりした。柳沼さんにご紹介いただき鴻池さんの本を買ってサインをしてもらい、そのようすを小林さんが撮った。百万年書房の家族総出のブースの雰囲気がんともよく、日記とサブカルの二冊を買う。僕はとにかく本を買うのが好きで、読むのも好きで、本屋が好きで、おしゃべりが好きで、本を作ってみたらそれも好きになって、そうしたらそれまでこちらがお客として一方的に知っていただけの方々と僅かながらも関係ができて、さいきんでは先にこちらのことを知ってくれていることも増えてきて、へんなの、と新鮮に思う。僕は読んだり買ったり書いたり作ったり売ったりするのが楽しくて仕方がないからやっているけれど、いまだに自認としてはただ本が好きな人なのだ。なんだろう、知っている人がいっぱいいる! というのが今日はどうも驚きで、それは読書会以後の動きは全てきょう宮崎さんに誘われてよくわからないままについていったらこうなったというだけで、今日はあの人に会いにいくぞ〜という気持ちでなく、ふらっと行ったらみんないた、という感覚になったからだ。僕はふだん極力じぶんと奥さん以外の誰かの名前を書かずに済ませるように心がけているのだけど、きょうばかりはこのなんだろうなこれはというのを書いておかなければわからなくなるだろうから書いてみる。しかし、やはりこういう書き方は居心地が悪い。なんというか友達多いアピールみたいで、そもそも友達が少ないから本を読んでいたような僕は、こういう記述のいやさもよくわかるからだが、本を作ると友達が増えて、友達はうれしいものだから頑なに書かないでいるというのもへんだよなとも考えている。なんというか、意図せずいきなり知っている人と出くわすというのはいいものだなという話がしたかった。

家に帰って奥さんときょうの面白かったことや考えたことを熱心に話し、これはかなり大事な話だから、こうやって話しながら整理できた内容をちゃんと日記に書いておこうと言っていたのだが、どうもあんまり関係のないことばかり書いたような気もする。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。