2023.10.02

気が重かったのは月曜だからだけではない。手汗の量が多く、指紋認証が機能しないほどであることから推察するに自律神経も不調である。きのうのシラス「平山亜佐子のこちら文献調査局」吉川浩満ゲスト回を見ながら、書籍の自炊よりもデータベースの作成やノート術に関心を持ち、とくにツェッテルカステンという方法論がいましっくりきそうな予感があったのでNotion で作業環境を整えようといじり始めたら時間が溶けて、読みたかった本にほとんど手をつけられなかったのももどかしかった。しかしこれまでNotion 上に日記や読書記録、原稿メモを書き溜めてきたのだが、おそらくこのソフトの醍醐味であろう相互のノートのリンクということを、なんだか面倒くさそう、という予感だけでまったく学んでこなかったのだけれど、いざやりたいことがぼんやりとでもイメージがつくと、俄然やる気が湧いてくるもので、しかしすでに三四年分の蓄積があるわけで、これから整理整頓してあらゆるノートを関連づけていくぞと思うと最初からやっておけばという慚愧の念がやってくる。日記をメモとして整理したいという欲望は、しかしもう本にはしないかもなあと考えているからこその発想で、日記をべつの文章の素材として扱おうとしているということだ。だから今年に入ってからの分だけでもどうにかしたいなどと考えるともうだるいから、これからの分だけでもどうにかしたいのだが、どうしたらいいんだろう。Notion でのツェッテルカステン運用のためのテンプレートを引っ張って来ててきとうにカスタマイズすればいいかと思ったけれど、そもそもデータベースの考え方を理解できていないからてきとうにいじっていただけなのに──なにもしていないのに壊れてしまい、うまく相互参照できなくなってしまった。これはまずツェッテルカステンの考え方をきちんと把握した上で、自分でも運用可能なより一層シンプルな構造で自前で構築しなければどうにもなるまいとようやく腹を括り、ズンク・アーレンス『TAKE NOTES!』を買って読んでみる。ほんとうはきょうは京極夏彦や書評や読書会の本に追われて放っておいていた本たちを再開するつもりでいたのに、いつまで経っても辿り着けず、気ばかり急いて結局Notion もノート本も、和歌も、音楽も、映画も、世界史もなにもかも手につかず、ああ、おれはこの日なにも成しえなかった、と虚しい気持ちになった。

そもそも今日は福岡行きの飛行機と宿をとるつもりで、しかし僕は飛行機の予約がこの世のタスクの中でいちばん嫌いなのだ。病院の予約をする、仕事のミスを取り組み先に伝える、ぬいぐるみの顔面に両手の親指を食い込ませて凹ませる、道ゆく老人を蹴る、こういったことよりも飛行機の予約はできるだけやりたくないことで、だから月が変わるまでずるずる引き延ばし、新刊の入稿が済んだら、が新刊の印刷開始のメールが来たら、になり、きょうの昼過ぎにとうとうメールが来てしまい、もうやるしかなくなった。でも嫌で、Notion をいじくりまわし、これも行き詰まり、落ち着かないから本も読めず、でもやりたくなくて、とうとう奥さんに泣きつき手伝ってもらった。奥さんは各社の比較表を提示の上とるべき便を提案してくれて、僕はその資料の充実っぷりに何もわからなくなるほど余裕がなかった。もうただ単純に、この便をこのオプションで取れ、と命じて欲しかった。自由意志なんか要らなかった。もうこれで、カードだけお前が切れと言われたらどれだけ気が楽だったろうか。奥さんの資料は実質そのようなものだったのだが、親切にもつけてくれたその根拠の部分の情報で僕は躓いてしまってもう全部わからなくなった。どうしてこんなに飛行機はいやなんだろう。たぶん駆け込めないし、ふらっといけないからだ。好きな人とのデートの約束ですらちょっとだるいのだ。飛行機はただの乗り物のくせに、何時間前には手続きしなきゃとか、何分までには搭乗ゲートにいろだとか、約束が多すぎる。僕は最近はだいぶマシになったが、時間を守れないことに強迫観念があり、だいたいは予定の一時間前には現地に着くようにしてしまう。飛行機は片道だけで守るべき時間と場所が二個も三個もあって、予約する段からプレッシャーでわけがわからんくなるからまじで無理だ。いっそ奥さんに時間も便も何もかも決めてもらって、これで行け、と言ってもらった方がよかったかもしれない。したくもない約束を自分でするというのが苦痛で仕方がない。もしかしたら魔法使いなのかもしれない。宿を選ぶのはいつもは楽しみなのだけど、今回は飛行機でぐったりで、ついでに調べてくれた奥さんのおすすめをハイハイと丸呑みして決めてしまった。この時期、福岡はイベントがてんこ盛りなのだろうか。宿がやたら高かった。もう全部いやだった。なんだかどうにもむしゃくしゃして、悲しくて、情けなくて、愚痴愚痴していた。手伝ってもらったのに、気持ちよくありがとうも言えない。その様子を見て理知的な奥さんは、ほんとうに助けを必要としている人って助けてやろうと思えないほど感じ悪いものだよね、と呆れていた。

きょうは、朝からお手製のエッグタルトを食べたり、夜はハンバーグを美味しく作れたり、不完全とはいえNotion の新しい作業環境も準備できたわけだし、本もなんだかんだで読んだ、なにより飛行機も宿も取れたわけで、じつは平日にしては異様なほどあれこれやってのけたわけだが、嫌いなことをやるというのはそうした達成に達成感を感じることができず、ただただ徒労感だけを持ち帰ってしまうから、やはりなるべくやらないほうがいいのだろう。もう二度と遠出なんかしたくないと思うが、じっさい行ってしまえば楽しくて、道も繋がるからケロリとした顔でまた行きたいとか言い出すことも知っている。しかしそのときは、絶対に自分で飛行機を取らない。お金を払ってでも完全に人任せにしたい。本気でそう考えている。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。