2023.10.07

『歌というフィクション』を読んでいて、『全集・日本吹込み事始』が聴いてみたくって仕方がない。サブスクに柳家三亀松はあるんだな、と面白く、あきれたぼういず、美空ひばり、江利チエミ、三波春夫、坂本九、白木秀雄などをどんどんライブラリに追加していく。ひとまず読書中にも聴けそうな『祭りの幻想』を再生しながら大谷を読んで、いいところで離脱して渡辺浩『明治革命・性・文明 政治思想師の冒険』へ移る。幕藩体制期の鎖国の「道理」をめぐる思想的対決はスリリングだ。西洋の側もまた「開国」によって日本に近代化を強いることに対して強い躊躇いがあったというのもいいし、幕府側もまた頑なに諸外国との交流を断つことは儒学的合理によって正当化できるものなのかと疑問をもっていたというのも面白い。幕末から明治にかけての動向を内と外を行き来しながらその相互作用としてみてみるというとき、ただ素朴に帝国主義の外圧をいうのではなく、独立しながらもあまりに異質な国家間の調停としてみるというバランス感覚のあるものは少ない気がしていて、いいものに出会うとうれしい。

明治への移行は、じっさい有力な諸藩などが燻っていた下級武士たちを焚き付けて成した社会の上位レイヤーでの権力交代劇であり、市井のひとびとにとっては知ったこっちゃなかった。そのくせ、これによる統治形態の変化はけっきょくほぼ全ての人間を「国民」化し、その生活様式をドラスティックに変えてしまうのだから迷惑なものだ。これは『歌というフィクション』のほうだが、国家の成立過程についても初めて知って、それに関連して引かれていたのだったかは覚えていないけれど、小森陽一『日本語の近代』は読まなくちゃと思った。だって版元の紹介によると「私たちが現在「日本語」と認知している言語は、主に明治前半期に生み出された「言文一致体」を基礎にした「近代口語」のことを意味している。二葉亭四迷や山田美妙といった小説家の書いた、きわめて個別的かつ特殊な文体が、なぜ、「国民語」や「国家語」の役割を果たすようになったのか。そこに、日本的近代の論理を探る。」だよ? いまの関心の核心そのもののような本を知るとものすごく喜ばしい。これだから本から本へと飛び回るのはやめられない。すこし疲れたので、休憩に本を読む。山本貴光『文体の科学』。この本はたしか乃帆書房で買ったのだ。

ファンクラブ会員限定で過去のライブ映像を週末に公開していて、きょうは『FISH TANKer’s ONLY 2013』だった。初速が凄くて、はじめてカメラが櫻井敦司の三白眼を捉えるところであまりの格好よさに悲鳴をあげてしまう。髪型も衣装もこれまでの映像と比べて格段によくなっていて、なんらかの変革が起こっている。冒頭の数曲のセクシーが過ぎる。演出もキレキレで、この集中力が保つのだろうかというくらい緊張感のあるパフォーマンスで走り抜ける。やばい、メロメロになってしまう。円盤はプレミア価格になっているらしくて、でしょうね、だって途中でライブハウスの中なのに雨降ってたし、豪雨のちのしっとり小雨で抒情がやばかったもんね。僕はちょっともう途中から真正面から受け止め切れなくて日記を書き出したり、今じゃなくていいZINE の告知ツイートをしちゃったりしたよ。刺激が強すぎたからね……格好いいね……アンコール以降は一転キュートで、すてきだ。

夜は引っ越しについて考えあぐねている。そもそもどこに住みたいとかいうのもない。人はどうやって住む場所を決めるのだろうか。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。