2023.10.09

夜更かしの代償を支払うように夕方ごろまで何もできなかった。本も読めそうになかったのでいつか見ようと思っていた京極夏彦の10代の聴衆に向けた公演の映像をYouTube で再生していた。見出しが魅力的だ。前後編で、前編が「ことばは人類最大の発明」、後編が「人生の中で一番大切なのは整理整頓」とある。ちゃんと確認していなかったので二時間くらいあるのかと思っていたらこれは抜粋でぜんぶで20分とかしかなかった。『地獄の楽しみ方』という本にまとまっているらしい。関連動画にシラスでの小川哲との対談の宣伝があって、そうかシラスにも出ているのか、と早速買ってみた。最初の一時間は『遠野物語』の話なのだけれど、稗史と伝説と世間話と昔話の違いなど、京極堂の饒舌そのままの内容がそのままの語り口で出てくるので、うわあ、すげえなあ、とのけぞる。プロットを書かないというのはほうぼうで言っているけれど、それも納得な筆と口とがシームレスなありさまだ。それが可能なのはものごとを構造的に把握する認知にあって、このことは次の一時間でなされる対談の白眉、百鬼夜行シリーズの生成システムについての話ではっきりと示される。何度も強調される整理整頓の大事さも、覚えようとしないでおく記憶術も、ランダムに入力される情報を出力する枠組みをいくつか持っておくという態度にほかならない。タイトルの妖怪の名前は入力される情報の謂いであり、「の」を挟んで置かれる漢字一字がその作品を出力するフレームワークであるという。この構造上に妖怪についての蘊蓄や、ふだんの雑談のサンプリングを配置していく。その構造自体を駆動させる形而上の原理も決まっていて、『魍魎の匣』はアナロジー、『鉄鼠の檻』はモアレ、『絡新婦の理』はオートポイエーシス、『塗仏の宴』はフラクタルなのだという。この話はべらぼうに面白かった。興奮のあまり踊り出してしまったほどだ。ひとまず雑多に集められた情報を、定められた枠組みのなかに配置して、それが形而上の原理によって規定された形で出力される、そのようなものとして百鬼夜行シリーズの諸作品はある。中禅寺秋彦の憑き物落としとは、作品を駆動する枠組みおよびその作動を規定する形而上の構造をリバースエンジニアリングする役回りであるわけだ。榎木津は構造を言い当てはするのだが、形而下にあるものに限定されるから全体を駆動させるシステムを見ようとするものにとっては目眩しである。木場は愚直に情報を収集し構造を予感させるが具体を集め過ぎるが故に像を結べず、関口は形而上の原理を直観しつつもその読み方を間違えて神秘化してしまうのだとも言えそうだ。そしていきなり随分な我田引水を試みるが、これは『プルーストを読む生活』に顕著で、その後も不完全な形で踏襲している僕の日記の生成システムでもある。構造と動力の確保に心を砕き、いかに考えずに文字を量産するかという制作は、ロマンチックな精神論よりも、たしかに整理整頓のような環境整備の問題なのだ。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。