見田宗介著作集も三冊目。『近代化日本の精神構造』。書誌情報には「明治維新にはじまる近代への跳躍を人々はどのように受けとめたか。その心の変化は社会にいかなる変容をもたらしたのか。近代化の過程にあった日本を対象に、民衆の精神構造を実証的に考察し、歴史社会学的に分析する。」とある。ちょうどいまは渡辺浩『明治革命・性・文明』も読んでいて、柄谷行人『近代日本文学の起源』も再読しているから明治づいている。僕はもともと日本史がびたいち面白くなく、世界史ばかりに耽っていたし、前後関係はわかっても年号などさっぱり覚えられない受験生だった。いまになってあれこれ併読していくと年号を把握しておくと便利であると腑に落ち、だんだん覚えてきた。まず、大政奉還が一八六七年。そう、こんなことさえ覚えられていなかった。明治五年は一八七二年で、このころ太陰暦から太陽暦に切り替えがなされ、学制が交付される。これまで別様な暦と教育が一気にもたらされるわけで、これはとても大ごとである。明治の劇変期をつくるのは「悲憤慷慨」であった。倒幕の大義として掲げられた建前への期待と、実際的な政策の抑圧的実態への失望によって引き起こされた「悲憤慷慨」は七四年の『民選議院設立建白書』に始まり西南戦争に至る自由民権運動に象徴される政治熱の季節だ。この政治の季節が沈静化するのが八五年ごろで、この翌年に生まれる藤村操は一九〇三年「人生不可解」と花厳の滝に身投げする。「煩悶」の世代の登場である。藤村と同い年、一八八六年生まれには石川啄木、平塚らいてうがいる。明治のシステムのただなかに生まれ育った世代である。こういう固有名と年号との関連がいまようやくすこぶる面白い。「悲憤慷慨」から「煩悶」へ。これはたとえば百年後、六九年の政治熱への各世代の距離感と重ね合わせてみるとわかりやすいかもしれない。
しかし今は併読が混んでいる。『歌というフィクション』は近世から近代を経由して現代をみはるかすという意味で見田や渡辺の本と共通しているかもしれないし、橋本治『定本チャンバラ時代劇講座』はそもそも大谷能生経由で始めた芸能からとらえる大衆思想史という関心を共有している、『音律と音階の科学』も歌への興味で、『文体としての科学』も現代に至るまでの技術論として言葉を捉えるという関心としてみれば歌や時代劇と同じ方向を見据えているといえなくはないだろう、『反文学論』や『本が語ってくれること』はいまから一つ手前の時期の文芸時評を通じて『文体としての科学』の方向を深めたいという姿勢の現れであろうから、こうして見れば全てざっくりと連関しあった本ではあるのだが、このくらいになってくると一日でこれ全部に目を通すわけでもないし、だんだんどれがどれだかわからなくなってくることは流石にないにしてもうっかり三日以上空いてしまうと思い出すのも大変で都合が悪い。楽しいからいい。
週末は福岡に行くという実感がない。もう歯も磨いたし日付が変わっているけれどミルクティーが飲みたい。
