人生は愛と死なんだって。ほんとうにそのとおりだ。平素であれば鼻白らむような陳腐さが、こわいくらいまっすぐに入ってくることがある。今日はそういう日だ。
家にいてもどこにいても落ち着かないから、十三時前から物販列に並んだ。二時間ほど行列にお行儀よく紛れながらリハの音漏れを聞いて、そうなるんだね、と思う。考えてみればそれしかない。誰も代わりになんてなれないし、五人でバンドなのだから。今日は、とことん不在と向き合う日なのだ。あの日、横浜で物販列に並んでいた時も僕はKindle で柄谷行人を読んでいた。『意味という病』を読みながらそんなことにも気がつく。気が・つくというのは、どういうことだろうか。気とは何で、どこに付着するのか。心理と思想と混同すべきではないけれど、心理的な幼児性と一級の思想が切り離しえないという両義性もまた無視はできない。心理に過ぎないものを思想に祭りあげるのも、心理を探し過ぎて思想たりうる場所を見逃すことも避けたいとなると、それはなかなか難しい。そもそも近代以後を生きる僕はどうしたって主観という恣意性につまずくほかない。でも、今日ばかりは「意識の狭さによって保証された、生に対する純粋な感受性」に酔っ払ってしまいたい。きょうはあの日のリストバンドを巻いてきた。
物販で散財し、シリアスベアーを初めてお迎えした。お腹が空いて機嫌が無になっていたので水道橋方面まで混雑を避けて、てきとうな蕎麦屋で遅いお昼を食べる。お腹さえくちくなれば可愛げも戻ってくる。単純で理知的な肉の塊。神保町の達磨でシリアスベアーに羽付き鯛焼きを見せてあげる。ご覧、おいしそうだね。軽くお茶して開場時間まで過ごし、再び武道館へ。
中央を空位にしたまま淡々と続く演奏に、ほとんどずっと泣いていた。涙は溢さず、声も出さなかったけれど。さみしかった。ずっと。さみしいな、と思えた。長い月日を一緒に過ごし、制作したものがいなくなってしまった時、決して埋めることのできない穴を誤魔化さずにそのままにしておくこと。ある時、偶然に集まり、それから何十年もはじめて音を合わせた時のような初期衝動を変奏し続けてきたこと。そこに外から誰かが入り込む隙間なんてないこと。そのことを手放さないことが、うれしくて、さみしい。演奏中、ずっと奥さんの死後を考えていた。僕は大好きなこの人を見送る気満々でいる。そして、その後はこのライブのように、過去の奥さんの話したこと、笑ったこと、拗ねてみせたこと、聡明なところ、愚かなところを何度も何度も何度も引用しては、新しくおしゃべりをするのだろうなと思う。
ゆうたがまず話し出す。隣の人がうわーんと泣き出す。僕も声を出して泣いていた。セレモニーには行かなかった。ただのファンが、遠くの個人の死を悼むということがよくわからなかったから。でも、僕は大勢の人に囲まれて、一緒にうわーんと泣きたかったのかもしれない。アニイとヒデの言葉が続き、今井さんの言葉が一言一句とてもよかった。死んじゃったのは、悪いことじゃない、悲しいけど、泣いてもいいけど、号泣してもいいけど、苦しまないで。そう言った。苦しまないでください、と。そう言った。かつてあって、今ここにはない。そのとき、かつてあったということのほうを大事にしてほしい。そうやって過去を引き連れながらも、次もあるよと嘯いてくれる。
さあ、始めよう──
そう宣言されている。けれども、今晩のライブでは、でも、どうやって? という気持ちはパフォーマンスの最終盤まで晴れないままだった。必要な時間だったし、これが見たかったのだとも思えたけれど、これから一体どうするのだろうというのは誰にもわからなかった。ずっと思い出と共に歩むという道もあっていいとは思う。でも、僕はどんどん新しくなるこのバンドが見たい。そうは言っても、やっぱり無理でしたって解散してしまうのではないか。そんな不安も募っていた。そうしたら、最後の最後にアニイがトチった。ここからまた始めると四人が、五人として、それぞれの言葉を語った直後にトチった。録音された櫻井敦司の声は気を遣ってリカバリーするなんてことしてくれない。四人が苦笑して、ぐだぐだする。特にどうにもならないまま一曲終わる。僕は嬉しくなってしまって、ああ、本当に始まったのだ、と思う。今井さんの言いつけ通り飯田橋の飲み屋で乾杯したとき、高校の文化祭での初ライブみたいだった、と奥さんも嬉しそうに振り返ることになる。あなたが死んでしまうことを考えた、と伝えるとぼろぼろ涙が溢れた。万が一僕の方が先だったら、声が震えるのを必死に抑えながら言う、そのときは数十年分の日記から選りすぐって日めくりカレンダーを作ってほしい。泣きながら昼間のカツ丼の文句を言う僕を見て奥さんは笑った。
来年は新譜も出すとか言ってたし、終演後には来年の武道館の告知まで出すのだから笑ってしまう。帰りの電車でさっそく先行予約に申し込む。来年も、ふたりで、このバンドを見に行こうね。
