2024.01.17

きっかり八時に工事が開始され、目が覚めた。諦めが悪い僕は耳栓をしてしっかり二度寝した。それでも比較的早起きで、午前中に荷造りや契約の準備、洗濯や亀洗い、メールの返信などをてきぱき終わらせる。うそ、トランクケースが閉められなくてぎゃあぎゃあ騒いで奥さんに助けてもらった。早めのお昼のあと、開店時間を待ってコーヒー豆を買いに行きがてら散歩に出る。

「誠実ではあるが勤勉ではない」

皿洗いをする前に水切り籠から食器を片していたら、まだ濡れてる、と指摘されたのち、私が見ているのになんで拭かないの、と訊かれたので、見られているからしっかりするというのでは変ではないか僕は見られていようが関係なくいい加減なチェックでさっさと食器をしまうのだ、と胸を張ったらそう評された。あまりに的確な人物評でげらげら笑って忘れないようにぶつぶつ繰り返し唱えながら皿を洗って、それからメモに残した。「誠実ではあるが勤勉ではない」。その通りだ。

『マネジメント神話』を読み終える。マネジメントの論理が粗製乱造されるのはそこに思想史が不在だからだというような態度は、自己啓発を特集した『SPECTATOR』の前号にも通じる意識だろう。テイラーが計画と実行を分離してマネジメントを専門技術とみなす嚆矢となり、この疑似科学を創始する。メイヨーは、マネジメントという特権階級の技術は、人間関係の調停にも応用できるという人間主義的ビジネス観を提起した。そしてアンゾフ、そしてドラッカーは、マネジメントに市場を支配する戦略の策定という機能をも見出した。ピーターズはよいマネジメントこそが優良企業の要であるとでっち上げた。そのような見取り図を描きながら、合間に著者自身のコンサル思い出話が挿入されるという構成で、読み物として面白かった。

マネジメントとは、雇用者が労働者により多く支払う以外の仕方でより多く働いてもらうための幻想の体系である。アメリカのビジネス界における実践志向の思想は、科学とスピリチュアルのあわいで、プラグマティズムやリベラリズムのような人文学の系譜として批判的に迎え入れられるのを待っている。

文芸誌掲載の短編を五作、順番に読んでいく。全部合わせても百ページ弱。それでもメモを取りながら読むと二三時間はかかったのだろうか。測ってみればよかった、と毎回思うが、今月はやりそびれた。来月はちゃんと記録をとって、時評の仕事の工数を明確にしておきたい。僕は僕をもっとマネジメントするべきだから。マネジメントは僕をよりよい稼ぎや成功へと導いてくれるから。マネジメントとはこの混沌とした世界を整序する唯一にして絶対の技芸であるのだから。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。