2024.01.19

朝起きられるかでなく、寝られるかどうかのほうが心配なのだということをいつも忘れる。早起きにどきどきしすぎて、四時ごろから小刻みに目が覚めてしまう。ロビーにはもう奥さんがいた。カビゴンによると30点くらいの睡眠だったそうだ。荷物を預けたあと、鮭御前をしっかり食べて満足なのだが朝食のサーブとしてはあまりにゆっくりで、荷物検査の通過はきっかり20分前、搭乗ゲートに着いたのが10分前になった。慌て者の初心者にしては際を攻めすぎだと思うけれど、しかし心配性で待ち時間をやたらと確保しがちな僕としては、こうしてちょうどの時間に現れるというのは玄人っぽくて格好いい。でもはらはらするからもうやりたくない。

飛行機は座席に液晶が備え付けで、機体についたカメラで離陸の様子が確認できたり、現在地をマップで見れたりと楽しい。つまんない映画流しながら居眠りしようと往年の筋肉たちが群れてるやつのシリーズ最新作だかを観るが、無駄なプライドを賭けた非効率な肉弾戦が見たいのに、ほとんど銃火器での単線的な殺害ばかりで白ける。ミーガン・フォックスを中心に組み立てたほうが面白そうだし、トニー・ジャーでもっと画面をつくれる。高度12192キロ地点で対地速度時速692キロの排便。離着陸で高度が変化するたび手汗がものすごく出る。そういえば万年筆って大丈夫なんだっけ、とリュックの中が心配になる。インクが漏れ出るとして、この手汗ほどではないだろう。

空港について、出口のすぐそばの席だったから停止してすぐ立ち上がる横着者たちよりもずいぶん早く機外に出ることができたが、預けた手荷物の受け取りレーンが動き出すまで待ちぼうけで、なにひとつ急ぐ理由がない、と思う。関空から同時刻に那覇空港に着陸したはずの青木さん夫妻のほうは僕が荷物のレーンを注視している間にすでに準備を終えていたようで先にゲート外で待ってくれていた。すでに暑い。奥さんはようやく現れたスーツケースから着替えを出してトイレで着替える。それからレンタカー屋のシャトルバスに揺られていく。車内ではバーチャルタレントが保険や受付方法について説明してくれる。語尾が甘ったるく伸びるのが吹き替えの技術不足なのか意図的に仕組まれた引っかかりなのか気になる。お供のシーサーの声が嫌だった。空港の外の道にはすぐ不動産屋なのだろうか、「軍用地」と掲げられた四角い店舗がある。レンタカーの手配を青木さんが済ませてくれて車に。暑すぎた。25度まで上がるらしい。まぶしくて運転が危なそうだからサングラスが欲しい、あとTシャツも、そう話し、僕らも浜に降りるならサンダルが欲しかった。革靴で来てしまった。そこで南下してすぐにあるアウトレットモールに向かい、駐車場に車を止める。一〇時半頃に着陸していたがもう昼前だった。お腹が空いて、まずは腹ごなし、ここから歩いてすぐのところにソーキそばのお店があるようだった。歩く。三角の屋根が全くない。雪が降らない土地なのだ。ピロティ構造も目立ち、地震も少ないのかもしれない。ブロック塀には大きめのすかしが入っているものが多く、これは台風対策なのだろうか。光の感じがちがくて、春先の白さだった。目に入るものすべて淡い白に縁取られつつ、不思議とその輪郭は際立っている。玉家というお店で、大仁田厚の色紙もある。おお、と思う。すっかりプロレスづいている。ソーキそばとジューシーをお願いして、おいしい。見た目の華やかさに反して出汁がすーっと香る感じ。ふう。ようやく人心地つく。

道中に見かけたいい感じの雑貨屋さんをひやかす。「ニーブヤー」と飾り文字がプリントされたTシャツがかわいくて迷う。意味を調べると「いつも眠たげな人」らしく、ぴったりだった。けれどもTシャツは山と持っているので我慢した。我慢しなくてもよかったと今は思うが、しかし旅先で買ったその土地の雰囲気を纏った服を帰った先でも着ることへの微かなグロテスクさにすこし躊躇ってしまった。青木さんたちはスムージーを頼んで冷たくておいしそう。ショッピングモールで買い物をして、くじらブックスに向かう。後部座席に奥さんと並んで座って、運転席と助手席に青木さんたちが座る。カーナビの案内は、どうもGoogleよりも15分くらい遅延しているようだった。あ、たぶんあの白い壁のがそうです。駐車場に車を停めて、カフェ席で冷たい飲み物をいただいてから棚を眺めていく。ボーダーインクという出版社が県内にあるようで、充実していた。高橋さんからも、沖縄では沖縄の本がよく動くと聞いていた。知識の地産地消。車中でも琉球王国の外交について雑談というか何も知らないことを確認していたから交易の地場を主軸とした「海域史」として琉球を描く本を見つけて手に取った。消えた琉球競馬の記憶を追いかける本も面白そうだ。ンマハラシーというその競馬は、速さではなく姿の美しさを競うのだという。『踊れないガール』はここで買うと決めていた。日記の本を青木さんたちの本と並べて挿してもらっていて嬉しい。渡慶次さんが声をかけてくれて、遅ればせながらご挨拶。すこしお話しする。

北上するための有料道路に入るインターチェンジの手前で、あ、遠くに来たな、とようやく実感がわく。名古屋あたりの見知った高速あたりの景色と似ているようでぜんぜん違ったから。合流するところからすぐ渋滞で、しまったと思うけれど、しばらくすると流れる。青木さんはブルーシールが食べたい。サービスエリアにあるかなという。僕たちはないんじゃないかな、スタバじゃあるまいし、と言う。中城──城はグスクと読む──の休憩所にはたしてブルーシールはあった。田芋のアイスを食べる。

しばらく下道を走って、ふたつ橋を渡ると浜比嘉島に到着。ひとつめの海中道路を渡ったあと、平安座島から浜比嘉島にかかる橋の手前にローソンがあり、この三日で一度も行かなかったけれどこれを見るとそろそろ宿だと安心することになる。

宿は海の真ん前に構えてある。駐車スペースに車を停めると前方の浜に象牙のような白いにゅるんとした曲線が見える。どうも人影らしい。うごかない。打ち上げられた? 四人とも不安になる。黒いのはリュックサックで、白い弓なりの物質はやはり人体に見える。トランクから荷物を下ろしてこわごわ宿に向かうと物質はようやく動いた。ヨガ者だったらしい。ほっとする。本格派のヨギーは停止をあれだけ徹底するのだ。

宿には外階段で上がれるテラスがついていて、荷解きが済むとそこから海をみはるかす。閉店間際のある日、 に顔を出して高橋さんにご挨拶。夕食のおすすめなどを教えてもらう。浜比嘉ビーチから夕日が見えるかもというので急いで向かう。茂みから浜へと入場できる。雲がちで夕焼けは微かだったけれど、ぼんやり海を眺めるのは気持ちがよかった。コンクリート沿いに歩いているとしゅっとしたシルエットの鳥が足下から飛び立つ。はっとして見やるも正体がわからない。大きな鳥だった。浜に降りるとやたら人慣れした黒猫が寄ってくる。日が落ちるとあたりは青黒く暗くなる。

橋を渡ってマックスバリュー屋慶名店で刺身や酒やつまみの買い出しをする。きのうはムーチーの日だったそうで、お惣菜コーナーにムーチーが叩き売られている。とりあえず買ってみる。もうすこし奥まで車を走らせてもらってキングタコスでタコスとタコライスとナゲットをテイクアウト。宿のポーチで夕食とする。ポーチの明かりは人感センサー式で、油断すると落ちてしまうのでそのたび、ああっと声が上がった。すぐ近くに静かな波の音を聞きながらオリオンビールを飲んで、タコスを頬張り、ポテチやじーまみー黒糖をポリポリやって、ムーチーは葉っぱに包まれたすあまのようなもので、その葉は月桃という名でいいにおいだった。すこしだけボーダーインクの二冊の本にざっと目を通し、面白そうだ。シャワーを浴びると十時過ぎくらいには眠たくなって、ベッドに入ると枕が変な形だと文句を言いながらもすぐに寝てしまう。カビゴンも大満足の百点満点、腕に巻いたFitbitのパチモン的にも前代未聞の97点、深い眠りだった。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。