2024.02.24

目が覚めるとまた肌がひりつくような寒さが戻ってきてしまった。人肌に温まったはずの布団の中にもすでに冷気が入り込んでいる。雪すらちらつくらしい。そんなのってひどい。

そろそろやってしまおう、と思い立ち、青木さんとの録音の書き起こしを一気に進める。手が冷えるので指出し手袋をした。スピーカーから0.9倍速で素材を流しつつ、AI ツールでざっくり起こされた文字を修正していく。AI は発言者ごとに分けてくれてさえいるのだが、ふたりとも相槌が多いので発言の合間に「うんうんうんうん」「そうそうそうそう」などと、これは主な発言者の発言として文字化されてしまっている。こういうノイズを削ったり、文字になり損ねた部分を補ったり、相手の発言に混じってしまった応答を切り出したり、誤変換された漢字を直したりしていく。ぜんぶで二時間半くらいの素材で、今回はお互いに自分の発言部分だけ書き起こしていくという形なので実際は半分くらいの量なのだが、ポモドーロで休憩入れつつ五時間ほどかかった。たいへんだが、混乱した文字列に秩序を与え、意味のありそうな文字列に整理し、さらにそれを読み直し意味の通る形に整頓していく、するとなにやら面白げな文が浮かび上がってくるのは楽しい。幼少期に憧れた遺跡の発掘のような気分になる。何を話していたんだかすっかり忘れているから尚更そうだ。ふたりともなかなかいいことを言っている。しかし、このように声を文字に翻訳するというのは、注意深く話を聞くということでもあり、くたびれる。

奥さんが帰ってきて、今日の観劇の話を聞かせてもらう。臨場感たっぷりに再現されるあらすじは胸糞悪かったが、奥さんがなぞる身ぶりや声音の雰囲気から透かし見えるのは、なかなか楽しげな演技ではある。体が冷え切っていて、外から来たはずの奥さんの方が温かい。お風呂に入って、いきなり痩せた腰回りを眺めながら、昨日のマルシルを思い出すのだろう、焼肉を食べたい、と思う。それでせっかく洗った体をいい匂いの煙で燻しに出かける。キリッと寒いが、奥さんと並んで歩けばごきげんだ。焼肉をもりもり食べて、ビールも飲んで、芝居の話からこれまで表象されてきた「女」についてモヤモヤし始め、女体化BLのあまりに直裁的で屈託のないホモソーシャルっぷりについて語りながらアイスを買って帰る。

今度は奥さんとふたりで『Pearl パール』を観る。二日続けて観ても強度が変わらない。むしろ見事さが際立つようだ。興奮して寝付けないまま、なんてすごい映画だろう、と感想を交換し合い、奥さんは終盤の長い独白のシーンに強く打たれた。やや下から仰ぎ見るようなバストショットで捉えられるそれは、カメラも身体も固定されほとんど動きはないのだが、それを補って余りあるミア・ゴスの表情の移ろいと細やかな照明のゆらぎによって、まとまらない言葉の濁流を生み出すその顔が、同情可能な少女であると錯覚される次の瞬間には共感をはねつけるような異物感が露わになりそして次の瞬間には生活にくたびれつつも夫への愛憎を燃やす妻のようにも人生に打ちのめされた老婆のようにも見える、その見事さ。こういう映画は好き、という奥さんに、観てもらえてよかったな、と嬉しくなる。いつの間にか寝ている。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。