2024.03.12

目が覚めると眠ったまま放屁していたのだろう、布団のなかに牧場のにおいが充満していた。一日ずっとお腹がガスっぽくて、温もりのある土っぽいにおいの屁が連発された。iPhone で記事を読んでいると「おならは老化のサイン!」のような広告が目に付く。さいきんの広告は一段と酷くて、画面いっぱいに一定の秒数表示されてからでないと消せないものや、うっかり次のページへ遷移するボタンと見紛うようなものが、いっぱしの企業サイトでさえ横行している。違法で無断転載しているようなサイトであればまだよいが、メディアが自らごみ箱もない繁華街じみた場所に甘んじていく様子を苦々しく思う。

毎朝、本間朋晃のツイートを見て「今日も元気100倍いっぱい笑っていい日にしよう〜」と思う。けっこう本気で思う。イッテンヨン以来、ずっとプロレスを見ていて、気がつけば地方巡業中のプロレスラーたちが元気もりもりなご飯の写真をアップするのを見てなんとなく気分が上向く程度にはハマっている。

人文的な内面というのは肉体的特徴と同じく偶有しているものであり、訓練の結果身につく技能のようなものでもあるから、万人が必ず持っているというものでもない。この内面をたまたま持っている者の多くは、それを自明のものと思い込みがちなのかもしれないというか、僕はそうだった。目に見える格差に対しては鋭敏であるが、論理的思考力や知識量の個体差については驚くほど差別的であったりする。

言語を使用しての思考というのは、そこまでメジャーな営為ではないのではないか。そういうことを思い知るのが、先行者が説教顔でのたまう世間に出るということなのではないか。要するにそれは、じぶんの世界観が、収入や地域や年齢や母語によってうっすら棲み分けがなされている特定の界隈でしか通用しないものであるということと遭遇するということだ。その衝撃がすごいからこそ、年寄りは後続のものたちについつい説教を垂れたくなる。言葉を操作する技能の習熟度というのはクラスでいちばんの運動音痴と世界一のアスリートくらいにひらきがあるものであるのだが、そのひらきはふだんから言葉で内面を構築してきたような人間には想像を絶するほどのものだ。体育の時間が苦痛でない程度に「普通」に肉体を動かせる子らが、信じられないほど鈍くさい子の動作を見て思わず笑ってしまうように、「普通」の言語使用者は、句読点の打ち方が奇妙で、てにをはが支離滅裂で、理路が通っていない文書を一瞥してほとんど生理的に拒絶反応を示す。言語というのは貨幣と同程度には差別構造を作りだすものである。

けれども、ほとんど生理感覚にまでなっている規律というものをいまいちど異物として対象化し、改造し、別様の形でふたたび自身の環世界の系へと取り込んでいくような営為を可能にするものもまた、僕は言語を使用して行うほかないものとしてしか考えられない。言語は自らの限界を記述し、更新してしまえるやくざな代物なのであって、この肉体の運用を縛る定言命法を永らえさせるものではない。

なんでだか不自由ない程度にはできてしまうことをひとは過小評価しがちであるが、当人にとってなんでもないことであるからこそ、それが困難なひとにたいして怠惰であるとか変だとかいうように冷淡になれてしまう。ひとにとってあらゆる行為はなんでもないことではない。なぜできてしまうのか不思議としか言いようのないほど複雑なことをしている。

僕にとっては言語運用によってしかなしえないと思うようなことを、ほかの人にとっては踊りでしかできない、一緒に酒を飲み交わすことでしかできない、ボールを追いかけることでしかできない、肉体をぶつけあうことでしかできない、などと別の形で考えているのだろう。それらをすべてある種の言語であるということもできる。それぞれが、なんでだかできてしまうことから、なんだか扱えてしまう言語体系を用いて、その淵源へと探求を試みていく。そうやっててんでばらばらに探求していくものたちが、うっかりどこかで合流する瞬間をいつだって待っているような気がする。

結婚記念日なのでケーキを買って帰った。奥さんご所望のナポレオンパイ。夕食は鶏のトマト煮とたいめいけんサラダ。一緒に暮らしだしてすぐにこれ好きだなあと言ったもので、奥さんが実家から引き継いだ味だ。たいめいけんサラダはのちにたいめいけんのサラダとは似ても似つかないものであると判明したのだが、もうたいめいけんサラダといえばキャベツとベーコンとレーズンの温かいサラダのことである。トマト煮はふだんはトマトジュースで作るのだが、ハレの日なのでホールのトマト缶でつくってくれる。ふたりはこれからもうるさいくらい言葉を交わしていけばいいと思う。いまだになかよしですごい。理知と気遣いとチャーミングのなせるわざだ。それらを損なわないようにしていきたい。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。