2024.03.16

手癖でダウンコートを着込んで出たらかなり温暖でしまったことだった。電車のなかも春めいた装いと、僕のように冬に取り残された姿とが混在している。

LISTEN で始めた声日記によって思考が活性化される感じがある。新しいことを始めてみるとしばらくは興奮する。主はあくまでこの文字日記であろうから、声日記は早々に止めてしまう気もするけれど、楽しいうちはやるだろう。それでいうならば、この日記だって楽しくなくなったらやめると言いつつもう五年だか六年やっているわけだし、ポッドキャストだって緊急事態宣言のあいだだけ、と考えていたはずなのに毎週続けてもう二〇〇回ちかい。だからどうなるかはわからない。思いついた当日にぺろっと始めたことが日課になってしまうことはある。毎朝八時に起きるのなんかもそうだし、なにより奥さんとの暮らしがそうだ。

『中国の死神』を電車で読む。この数日の読書は本屋B&BでのLife のイベントのアーカイブを見てまんまと読みたくなった本ばかりである。もとになる論文があるようなのだが、文体を入れ替えるためにすべての文を入れ替えているはずで、それはもうほとんど翻訳のような作業ではないか。軽めの読み心地に対して内容はしっかりめの研究書で、その塩梅がいい。土着の民間信仰の通史を描いていく本書は、神と死者ばかりに注目する大陸において等閑視されてきた妖怪の地位を引き上げる試みでもあり、百鬼夜行シリーズの愛読者としてもわくわくする内容だった。

文芸誌を読んでいるから仕方がないのだが月の前半は他の本を読む余裕がなくて、ある程度めどがついた中ごろから一気呵成に好きな本を読むというリズムができてきている。今週に入ってからわわーっと四冊ほど読み終えていて、この勢いで読むの最近は珍しいなと思って読書記録を見返してみると今年はひと月に通読する冊数が有意に減っていて、五冊とか七冊とかそのくらいだった。その代わり漫画をたくさん読んでいたので、じっさいに読んでいる時間というのはそこまで変わらないだろうし、漫画も本なのでこれを例外的に扱う必要もないのであるが、複数巻にまたがるものはどうも記録しづらい。

声日記を読書メモ代わりに使うのもいいよな、と考える。ほら、新しい玩具にはしゃいでいるととにかく使いたいから使い方を考える。それによってなにかが考え出されてしまう。そういうのが楽しい。五分だと物足りないから一日に複数本録ったりもするだろう。それでも配信は厳密に一日一本にするのかどうかとか、それならいっぺんに録ってあとから分割するでもよいのか、いやいややはり五分一発勝負だからよいのかとか、あれこれ検討する。ツイートの代わりにするのもいい。五分話すと1500字から1800字程度になるとわかってきたから、それなりに長いツリーということになるが、声は文字ほど情報を圧縮できないので文字数で較べてどうということでもないだろう。感覚としては一回の声日記は一ツイートだ。

『鉄鼠の檻』がミュージカルになると奥さんからSlack が来て、早口で捲し立てるような長文で返信してしまった。吉池で買った夕飯の鮭がおいしい。五分のフラストレーションで録音はべらべら喋る。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。