賃労働者としても柿内正午としても個人としても多忙である。もとが暇だからスケジュールが三〇分刻みになるだけで余裕がなくなる。意思決定も文書作成も他のどの仕事も十全に取り組むには心の平穏が不可欠であるが、タスクに追われているとまず落ち着きをなくすので、一個一個のタスクに集中できずてきめんに効率が落ち、より一層タスクがこんがらがって悪循環に陥る。慌ただしいときにこそ心に凪をもたらしひとつひとつの用事に集中する必要があるのだが、僕はそういうのできない。どんどん焦る。分刻みで退屈できるメソッドを発見したい。TIME BOX のマス目に書き込んだタスク以外のことはなるべく忘れながら、一個一個消し込んでいく。こういうときに限ってお腹の調子が悪くてトイレタイムが頻発する。いつも頻発してるが、あれは時間潰しであってマストのやつじゃない。そんななか、奥さんがてきぱきと梱包してくれたのに励まされて午前の会議の合間に郵便局に納品にも行ったし、お昼にはおいしい明太子スパゲティまで作った。気合いで会議を巻いて、ダッシュで家を出る。
上野で切符を買ったのだが、快速みたいなやつは全席指定席らしく、手癖で自由席にしてしまったので各停の新幹線に乗った。座れはしたが自由席はそこそこの混み具合。すこしうとうとして、『急な「売れ」に備えるためのサバイバル読本』と『10日間で作分を上手にする方法 Day7-Day12』を読む。ずいぶんとあからさまな野心であるようなタイトルだが、どちらも非常にまっとうで切実な労働問題を扱った本でもある。友田さんの連載の最終回も読んだ。友田とん「地下鉄にも雨は降る」は、本を代わりに読もうとしたり、パリのガイドブックで東京の町を歩こうとしたりしない。一見して「ふつう」のフィールドワーク報告として読める。しかし、これは逆なのだ。この作家にとって、これまでの仕事だって「ふつう」の営みだった。わかりやすい突飛さ、あからさまな間違いがなかったとしても、この作家はつねになんの変哲もない景色に可笑しさをもたらすことだけを考え、啓示を待ち構え、歩いたり読んだりしてきたのだなと地下鉄漏水対策を追った連載を見届けて改めてわかる。では探索の末、今回はどのような啓示を得たのか。それは、ぜひ本編を読んでみてください。
上田あたりからホームから吹き込んでくる風が冷たい。カーディガンを持ってきておいてよかったと思う。富山駅に着くと、すでに改札前の広場には幟が立ち、机が並べられていた。古本市の搬入ももう始まっているようだ。駅ビルはとても新しい感じできれいだった。人の流れも多い。いよいよ明日が楽しみになってくる。しかし案内板に電鉄富山駅が見当たらない。マップを見てもよくわからないで、ずいぶん迷子だった。ようやく発見し、乗り込もうとするとピッが機能しない。パスモでは駄目らしい。紙の切符を買って、鋏を入れてもらう。一駅だけ乗る。稲荷町が宿の最寄りで、歩いても三〇分そこそこのようなのだが、くたびれていたし道の様子もわからないから電車に乗ったのだが、ホームから入り口までの通路は階段のみでかなり難儀した。あすは反対側のホームだから階段は使わないで済むが、早起きできたら歩いてみてもいいかもしれない。アピアという見慣れないスーパーがあって、ここで惣菜を買って済ませるのもいいかとも思うが、今夜の宿は「清潔なドヤ」とあったのでテーブルなんかもないだろう。ひとまず向かう。二〇時半には従業員は出払ってしまうというので、今日はいちにち間に合うかドキドキしていた。結果的に二〇時前にはチェックインして、部屋は確かにベッドと簡単な幅八〇センチ、高さ四〇くらいの棚のみである。セルフタイマーで写真を撮って、駅からの道のりの写真とともに奥さんに送る。
明日の日中に合流する奥さんは、この宿の周辺の飲食店をマッピングしておいてくれた。堀田食堂というところに決めて、暖簾をくぐる。カウンターに通されて、生アジのフライに心惹かれつつ、刺身定食と瓶ビール。厨房の吊り棚にはテレビが備え付けられており研ナオコと梅沢富美男がクイズに興じていた。全問正解のばあい賞金は三百万円だそうだが、ふたりの出演料はどれほどなのだろうか。ひさしぶりにテレビを見ると、実家で漫然と百万円ってすごいなあと眺めていたことと金銭感覚がずいぶんと違っていることに気がつく。その程度のお金で、ここまでの大御所がキャッキャとするものかね、と思ってしまう。刺身はうまかった。アジフライのお腹は残っていなかったのでさくっとお愛想。奥さんはスーパー銭湯までマッピングしておいてくれていて、感激だ。飲みだしてから気がついたのですこし迷ったが、自販機で水を買ってごくごく飲みながら満天の湯に向かう。一般の入浴料が七八〇円。タオルを持ってくればよかったがお風呂グッズは荷物軽量化のため諦めてしまったので、結果的に千円くらいになったのだがそれでも安い。施設も充実していて、じっくり露天で温まったり外気浴で酔いを覚ましてからサウナまでやっちゃう。屋外に寝そべりスペースまであって、たいへんよろしい。二度目のサウナで喉が渇いたので脱衣所の自販機でアクエリアスを買う。ペットボトルじゃなくて紙コップで出てくるやつで、眼鏡を外していたので勘で押したら「あったか〜い」だった。むしろ「あっつ〜い」くらいのアクエリアスでさっぱりゴクゴク飲めやしないので、つめたいほうも買って、まずそちらを一気に飲み干して、氷の入ったコップに煮えたぎるアクエリを流し込んで飲んだ。それからもう一セット楽しんで、休憩スペース畳でごろごろしながら日記を書く。建物と駐車場の間の広場には休憩所があり「趣味の展示・手作り野菜即売会など、ご自由にお使いくださいませ。」と看板が出ている。かなりいい。ここで文フリできちゃうな。
帰りにファミマに寄ってハーフパンツとTシャツと歯ブラシとアイスを買う。これだけで宿代よりも高い。だいぶナンセンスな気がする。寝巻きは補充したかったのでいいのだが。寝床は消臭剤だか芳香剤の臭いがそこそこきついが、耐えられないほどではない。廊下に出してしまおうかと持ち上げると中身がジャバッと床に垂れたのでいよいよ耐えられないかもしれなかった。窓をめいっぱい開ける。歯を磨いて、寝よう。