お伺いする当日、確認のため常識的なお時間にお電話します。そうオペレーターは話していたが、午前中の常識的なお時間というのは人によるだろう。八時に着信があったがとれなかった。寝ていたから。九時には来るというので、慌てて支度をする。奥さんは鮭むすびをつくって出社、入れ違いで営業の人が来た。さっそく部屋の物量を申告し、捨てるものと持っていくものを整理する。相場わからんすぎて提示額でほいほい頷いたらあとから知った奥さんに「高すぎる」と呆れられる。そもそもいくらぐらいがご希望ですか?と尋ねられ、よくわかんないですけど、前回の引越が四十万とかだったような記憶があるんですよねえと迂闊にも応え、営業は殊勝な顔で相槌を打ったあと電卓を弾いてこれくらいになりますと出してきたそれを、へえ結構安いんですねえなどと喜んでいたのだが、奥さんとしては「すごい高い」らしい。しかもSlack では「ウケる」のスタンプが四つもついてる。「すごい高い:ウケる::ウケる::ウケる::ウケる:」というわけだ。ウケんなし、とちょっとむっとする。それ以上に落ち込む。僕はたぶんめちゃお金持ちとかになったらめちゃカモられる。お金、「ある」と「ない」以外の機微がわからないから、そのとき払えるなら払うし、無理なら諦めるという非常に近視眼的な判断しかできない。自分は「ない」しんどさに耐えられないと知っているから働いてるけど、「ないな」と感じる瞬間が減れば減るほど「ある」意味もわからなくなるから使えるなら使ってしまう。「ない」が回避できているのであればそれでいい。さらに素朴に「高いほうがモノがいい」みたいな感覚があるから、比較が面倒になると手が出る範囲で高級なものを選びがち。買い物が下手なのだろう。というか、よくこれで本を自作するさい原価計算とか収支計画を立てれるものだ。しかしこれは売る側の論理で、買う側のそれとはやはり異質だろうとも思う。
気分転換に散歩に出かける。図書館で本を返して、蕎麦屋で天ざる。編境に『二人のデカメロン』を納品して、せっかくなのでそのまま店を開けて本を読む。『みどりいせき』と『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』が棚に出ていたのでありがたく買っていく。後者はウェブ連載時に楽しく読んでいて、パラ読みすると加筆もそれなりにあるようなのでまとめて読もうと思う。しかし、新書はほとんどKindleにしているから知らなかったけれど、最近の紙はこんなに薄いのか。いつからこうなんだろう。実は最初からこんなもんだった? 予定時刻になっても長居するお客がいたので嬉しい気持ちでそのまま開けて、会計が済んだところで閉める。元住居の退去の申請と、それに伴う保険会社とのやりとりを行い、その微妙な不親切さにすこし苛立つ。じぶんの苛立ちまでの距離が短くなっているのを自覚し、少し怖い。短気。疲れているのもあるだろうし、加齢による脳の衰えもあるだろう。やだなあ。ごきげんなおっさんでありたい。いつもと違うスーパーに寄って帰る。
帰宅して、駐輪場の折り畳み自転車のタイヤに空気を入れる。それからこれを譲り受けてから初めて折り畳むのに挑戦してみる。よくわからず、蚊に食われてたまらないので一度引き返す。エレベーターの途中の階で停まり、おばあさんが乗り込んでくる。上ですよ、と言うのだが、いいのよ、また降りるんだから、とのこと。あのね、と見知らぬ老人は話し出す。降りたら自転車に乗っていくのよ、きょうはねお友達の家にお呼ばれしちゃったの。うふふ、と嬉しそうに話すその人に、それはいいですねえ、と応えて別れる。わかれぎわ、ありがとぉねえ、頑張ってちょうだいね、と手を振ってくれる。すてきな人だ。ごきげんをお裾分けしてもらった気分。
自転車の折り畳み方をYouTubeで確認し、そういうことか、となってまた降りて、折りたためることを確認。今度の新居の下見の際に持って行き、周辺を乗り回してみるつもり。どっと疲れて、ソファでアニメを見ながら気絶していた。奥さんが帰ってきて、立ち上がると眩暈がした。たまらずベッドに横になり、頭ががんがんする。やばいな、と思い、奥さんに助けを求め、頭痛薬を服み、弱音を吐きまくる。氷枕をもってきてくれてだいぶ落ち着き、よっしゃ、と立ち上がる。カツレツと、小松菜とかぶの豆乳スープをささっとつくる。副菜の作り置きがあるからこそのメイン一本勝負。ごちそうじゃん、と奥さんは言う。ごちそうだった。
食後はアイスを買いに最寄りのスーパーへ。おやつや明日の夕食、アイスを買う。夜、奥さんと手を繋いでの散歩はかなり好き。うきうきした気持ちになる。帰宅してシャワーを浴びた後の楽しみにアイスがあると思うとなおさらである。
