大井競馬場前で初めて下車。牧草の草いきれのような、馬のにおいがする。
シアターH。間に合わなかったと思っていた青春が、三年前にまたやってきてくれて、そして今日終わった。鯨井体制でのペダステは、一作目からここまで、すべて劇場で観ることができた。しかも、四作のうち三作は千穐楽のチケットが取れるという幸運に恵まれ、最後の挨拶まで含めた、俳優たちの成長をじかに目撃することができたのも嬉しいことだった。DAY2までは初演の幻影を追いかけて、その超えられなさに歯痒い思いをする感じだったけれど、終演後の挨拶で何人もが口にしたように、〈誰一人欠けることなく〉辿り着いたこのDAY3に至って、遂に初演を超えてきた感じがあった。特に村田充のDAY2が圧倒的だったからこそ、やや蛇足めいていたDAY3の御堂筋くんが、新井將によって見事に更新されていたことにぐっときた。最も超えられないと思っていた初演の幻影を、インハイ最終日に至って遂に振り切り、シリーズベストを達成するに至った。まじで格好いい。そもそも初演は、DAY2でほとんどのスタッフ・キャストが燃え尽きた感じがあったというのも大きい。今度のリブートは、ピークをインハイ最終日に持ってくるのだという意志があったのだと、ここにきてようやく思い至る。どんどん脱落者が出る最終日まで、全メンバーで走破する唯一のチームである呉南工業のメンバーを新旧のパズルライダーが演じるのも感慨深く、十年以上続いたシリーズと、空間を装置の移動によって書き換えるという独自の技術体系を継承しつつ伴奏し続けてきたかれらが、〈誰一人欠けることなく〉ゴールするということ。そんなメタメッセージを託された呉南を率いる待宮という役は、ヒールでありさらに舞台としてはこの三日目のみの出演ということで、かなりの難役であると思う。じっさい初演の待宮はぜんぜんよくなかった。それが、今作で演じる元木聖也はあまりに見事で、ずるい部分もまっすぐな部分も堂々と演じきり、憎々しくもあり、チャーミングでもあるキャラクターの二面性に光が当たっていた。先行するインターハイの二日間のドラマから阻害されていたが故の異物感を引き受けつつ、身体表現としてもペダステを過不足なく体現しており、かなりよかった。カーテンコールでは鯨井さんだけでなく、シャトナーさんや原作者も登場し、シャトナーさんが例の「ペダミュじゃないからね⁉︎」を再現してくれて、ずいぶん僕の初演を生で見たかった気持ちは晴れたように思う。そして、昨年の『最遊記』に引き続き、黎明期の2.5次元舞台の黄昏に立ち会っているようでもあり、しかしそれはジャンルとしての円熟を示唆しているともいえて、このようなタイミングで観客になったからこその文章をやはり書いておきたいなと考える。初演時の、誰にどのように受け入れられるかさえ手探りの時期を、個々の突出した技術と個性でがむしゃらに切り拓いていく、ある意味で野蛮で、だからこそ鮮烈な舞台表現の現出に驚く季節は終わり、ある程度の基礎さえあれば誰だって再現可能で、継続するシリーズを〈誰一人欠けることなく〉遂行できるだけの経験と技術の蓄積がある現在がある。ここから、単なる再生産ではなく、あらたな〈まだ誰も見たことのない景色〉への試行が始まるのだと思いたい。
帰りは立会川駅経由で、渋谷に向かう。催事出店しているINDIA GATEのビリヤニが目当て。奥さんは定番のあいがけ。僕は催事メニューのカツカレー。腹ペコで、やきもきしつつ待ち、食べ、笑顔。手前のイベントスペースではがんがん音楽がかかり、踊り、叫んでいて、驚いた。食べ終えた頃にはステージの設営がなされていて、ユザーンの演奏が見れるらしい。せっかくだしと椅子をとり、待ち、観る。会場の音響や、スタッフとの事前連携の不十分さなどが垣間見えたいへんそうだったけれど、いいものを見た。各地方ごとの奏法を実演して見せてくれるのだが、何かが違うというのが明らかにわかりつつ、そもそもタブラの音のなる仕組みがさっぱりわからなくて、腕から指先の運動を無心で見つめては、聞こえてくる音との相関関係が不明で面白かった。この運動と音の関係のわからなさは、タップダンスと似ていると奥さんが言って、なるほどと思う。演奏を見てたら、ピアノって打楽器なんだというのがよくわかったとも言っていた。タブラの面白さと、イベンターへの不信感を満喫して、移動。HMVでペダステの公演パンフレットが買えるとわかり、劇場の物販列は避けたのだが、こちらでぶじ購入できてよかった。TSUTAYAのネルケ三十周年の展示を眺めて、帰路。しかしまだ日曜日は終わらない。最寄りの居酒屋でかるく一杯。楽しくなってきて、ふわふわ帰宅。シャワーを浴びて、日記も書かずに寝る。
