昨日の冴えなさは何だったんだというくらいよい目覚め。睡眠スコアも85点。きのうは66点。三千円で買ってもう三年以上使っているスマートウォッチのスマートさをぜんぜん信じていないが、もしかして僕は寝るのが上手ではないのかもしれない。いつまでも寝ていられるのは才能だと思っていたけれど、むしろ短い時間で深く充実した睡眠をとれていないからこそ、希釈された薄~い眠りがだらだら続いているのかもしれないという疑念を抱くには充分で、じっさいこうして短い時間であってもぎゅっと眠ってぱっと起きた時のほうがスコアは高く、満足度もあるし頭はすっきりしている。もしかして、と思う。三十年以上生きてきたこの体の感覚よりも、三千円のスマートウォッチのほうが賢い可能性、ある?
今朝はどうだったか覚えていないけれど、奥さんより先に目を覚ますと、奥さんがいびきをかいているのが心配だった。これまでもたまにぐーすかぴー、とさまざま音が出ていることはあったけれど、この数日はぶーっぶーっと声量も勢いも大きくなっている。季節的なものかもしれないし、僕がこれまで寝ていて気がつかなかっただけかもしれない。僕はどうなんだろう。寝苦しそうに唸ったり、手足首をぼりぼり搔きむしるというのは聞いたことがある。いびきのように、自分では認識できないところで起きている体の不具合というのは難しいなと思う。毎回、指摘しようと思いつつ忘れてしまうので日中のうちにこうして日記に書いておく。備忘としての日記を使うというのをそういえば最近はしていなかった。というか日中から書き継いでいくというのをやめて、夜にまとめて書くことが多くなっていて、しかし日記はおそらく日中からちょこちょこ書き継いでいくほうがいい。振り返っての記述はまとまってしまうし、日々なんて概観したらだいたい一緒。
ようやく文芸誌掲載の小説をあらかた読み終えて、二十六作。しかもそのうち半数以上が中編というハードな量で、くたびれた。内容も辛いしんどいものが多く、だからこそ「ゴーホーム美容沼」の強かな優しさにほろりとしてしまったのだと思う。こうしてこの一年純文学とやらにつきいあってきてわかったこととして、壮年にもなると、ままならなさを克明に描くことよりも、優しい嘘をついてくれるほうが沁みてくる。エンタメというのは偉大だなということだ。優しい人しか出てこない、辛い目に遭わないというだけでぼろぼろ泣ける。FGO のイベントが始まり、待望の実装であるムリアンはあっさり来て、僕のカルデアには桜顔は必ずきてくれるのだがそれはともかく、今回のイベント告知の配信ではムリアンの声優が自分の盟友であることに気がつき思わずうるっときている田中美海のようすに貰い泣きしてぼろぼろ泣き出すディレクターのカノウさんの姿、それにつられてもっと泣き出す田中美海、ふたりでティッシュを引き出し涙を拭う様子に僕まで泣いていた。これほどの規模のゲーム開発を先導するというのは、日々の雑事や心無いクレーム、心配事も絶え間ない、とんでもない心労であろう。それでも投げ出さずいられる支えがありうるとしたら、それは、喜んでもらえるかな、という気持ちのほかない。ディレクターの隣で一緒に泣いている声優の涙は、新しいキャラクターの登場を喜ぶいちファンとしてのものでもあり、古くからの同僚が得る仕事としても大きく誇らしいものであるというふうに考えてくれる仕事仲間としてのものでもあるわけだ。それは嬉しくて泣いちゃうよな。しかしものすごく疲れているんだろうな。他人の疲れは他人のそれで僕とは関係ないのだけれど、だからこそそこそこ疲れている僕もまた、感極まるまでの助走が二歩くらいで済んでしまう状態にどこか共鳴しながら鼻をかんでいる。この世にしんどいことがなくなることはないかもしれない、けれどもふんばっている全ての人に、このような報いが訪れてくれと本気で思いながらぐすぐす泣く。たぶんこいつ結構やばいから、日記も取り上げてさっさと休ませたほうがよくないか。
