2025.03.16

一週間くらい前に気圧アプリを見て、そのあまりの急降下に慄いていたのだけれど、じっさいにその日がやってきて、そのとおりに気圧が下がっていくなかで、まじでなにもできなかった。生まれた頃から気候変動についての言説が活発であったけれど、この三十年で気象病への理解が広まっているというのは、単純にそれだけ天気の変質が人体ときたす齟齬がますます大きくなっているということなのではないか、人体が敏感になったのではなく、環境が過剰になってきているのだ、というような。むこう半世紀くらいの気圧の変動を調べてみるとなにかわかるかもしれない。やらないが。朝から部屋の中が暗い。雨も降っていて、めそめそする。きのう注文した『群像』の三月号がもう届いていた。保坂和志の連載が目当て。今月の『クロワッサン』で『プルーストを読む生活』を紹介してくれていて、この前岐阜で友田さんと話した時に、『群像』でもどうこう、と話が出て、あ、そうなんだ、と思いつつ、ぼんやりしていたら次の号が出てしまっていたので通販した。ざっと目を通してみて、たしかに書名が出てくることを確認し、嬉しいことだ。もったいないのでまだ読まない。

ブランチを食べて、十四時から十六時で荷物が届くと気がついた。であればもう出なければ間に合わない。千葉県民になったので、投票に行くのだ。歩けば元気になるかも、とも思っていたけれど、霧雨でコートはしっとり濡れるし、手の感覚がなくなるほど寒いし、あんなに温暖になっていたのに、とその落差にかなりやられる。もうだめだ。知らない小学校で投票。外食もせずにまっすぐ帰ると十四時ちょうど。温かいお茶を飲んで、甘いものなど食べ、猫を撫で、こういう時に限って荷物は十六時よりの時間に来る。実家から、清風堂書店とTOUTEN BOOKSTORE で買った本を送ってもらったのだった。かるく点検しつつ本棚の、買ったばかりの本を収めるスペースに挿す。本棚に余裕があるとこういうときすいすい入るから嬉しい。文庫本と『Dr. スランプ』は文庫棚の二列目に出しておく。

本は読めそうにない。夕方から奥さんは出かける用事があり、お見送りついでにスーパー。ひとりになるとこの前買ったゴダールの『映画史 選ばれた瞬間』を見る。面白かったけれど、やはり五時間版のものが見てみたい。縮約された引用の織物ということならば、『イメージの本』のほうがより洗練されているわけで、長いのを眠くなりながら浴びたかった。これを機に再販されないかな、いまは中古で探すと六万とかからで、どうにも手が出ない。ゴダールのどぎつい青と赤の対比や、コラージュの野蛮さに、普段は映像に興味を示さないルドンがけっこう真面目に見ていて、へえ、と思う。あなた、ゴダール好きなの。わけわかんないけど、なかなか目に気持ちがいいわかんなさだよね。音も変だから、そっちが気になるのかな。

ちくま学芸文庫の『ゴダール 映画史(全)』を棚から出して、てきとうに開いたところから読む。観客について語っているところが面白い。やはり頭がぼんやりして読めそうになく、映像のほうの『映画史』を見てヒッチコックの気分になったのでU-NEXTで『ヒッチコック/トリュフォー』を再生しながら夕食を作る。豚キムチと豚汁、冷凍コロッケにビール。食べ終える頃には『ヒッチコック/トリュフォー』を終え、『映画史』のあれもこれもヒッチコックだったか、と改めて思う。ヒッチコックは僕にはなんといっても小学生の頃に母と見た『鳥』で、それ以外は覚えていないか、そもそも見ていないものの方が多い。カントが読めない時はヒッチコックだな、と思う。昨年は来年は映画をやるぞという気分で『定本 映画術——ヒッチコック・トリュフォー』も買ってある。それで『サイコ』を見る。初めて見る。めちゃ面白い。クライマックスに差し掛かったところで階下の玄関で奥さんが帰ってきた音がする。スクリーンで音を大きくして見ているから、緊迫した音楽や悲鳴が奥さんにも聞こえている、だから静かに一階で過ごしてくれる。その気遣いが嬉しい。あっさり種明かしですぐ終わり、階下に降りていく。眠くて眠くて仕方がない。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。