2025.05.12

七時にとりあえず起きて猫に挨拶。きょうは添い寝も遊びも撫でも要求せず、あっさり一階に降りて行ったので、人間がすぐ寝室に戻って二度寝して、まだまだ寝足りないけれどゴミ出しに行かなければいけないので八時半に起き、奥さんを起こし、ふたりで重たい袋を路上に運ぶ。臭いゴミ箱を風呂場で洗って、今しかない、と奮い立ち、猫のワクチン接種のために準備をする。ルドンを騙してリュック型のケージに入れて、動物病院へ自転車で向かうのだ。道の凹凸を拾わないよう、気をつけて背筋を伸ばして漕ぐ。背中から、なーお、なーお、と抗議の鳴き声がして、それが風で流れて気弱に聞こえるので申し訳なさで胸がぎゅっとなる。ごめんねえ、もうすこしだよ、風がちょっと冷たいね、タオル入れておけばよかったね、と声をかける。前方を走る奥さんにも聞こえない。待合室は混んでいて、犬たちがいて、みな静かだった。ルドンだけがずっと鳴いていた。出せ、出せ、出せよー。猫の鳴き声を人語に翻訳する身勝手な人間どもだけが堕ちる地獄に僕も堕ちる。自転車に乗っているあいだは、可哀想でたまらなかったけれど、待合室で聞いていると、ただただ元気いっぱいで、狭いところから出して欲しいだけなのだという鳴き方に聞こえ、すこし気が楽になる。じっさい、診察台に載せられた途端にぴたりと鳴き止み、奥さんの掌に頭を押しつけて嬉しそうにしている。肛門に検温機を挿されてもお構いなしで、ずっときょろきょろ周りを見渡し、聴診器をあてた医者が、うん、ゴロゴロ言ってるし、心拍もバクバクしたりしないで落ち着いてるし、すごく落ち着いてるね、と判断を述べるので笑ってしまう。僕は病院では緊張して心拍数が上がるほうだ。猫の方が堂々としてる。お尻に注射を打たれる時だけ、みじかく、きゃっと鳴いた。ケージに戻されるとまた鳴き出し、待合室には犬だけでなく猫も増えており、猫も静かで、うちの子だけが鳴いていた。料金を支払うタイミングで二匹ほど鳴く猫が入ってきて、合唱が始まった。さっさと出る。帰りの自転車は、行きの永遠のような感覚も薄れてすいすい進む。家について、すると鳴き止む。やっぱり外気が寒かったというのもあったかもしれない。すぐに出してやる。おやつで労う。ワクチン接種の後は二日位、ふだんよりも寝たり、食欲なかったりするかも、とのことだったけれど、おやつも完食するし、自動給餌器をどついて催促したり、まったくいつも通りだった。膝にのってくるので、うりうりと撫でくる。今日はよく頑張ったねえ。洗濯もした。サインを書いて校正をした本と一緒に郵便局に持って行きさえした。人間も頑張った。昨日の録音を聞いてみると、僕はずいぶん酔っ払っていて笑えた。脈絡なく、急に猫にめろめろになっていた。奥さんの発案で、猫トイレを掃除した後、掃除後であるのがわかるように砂を平らに均すようにしているのだけれど、さいきんは猫砂の盛られ方を見ただけでおしっこかうんちかわかるようになってきた。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。