2025.07.20

日傘にサングラスで、午前中に投票。今回は珍しく奥さんと、投票先をどこにすれば戦略的によいのかなど話し合った選挙だった。もう汗をかく。

それから東京に出て、シアターオーブで『JOHN CAMERON MITCHELL Midnight Radio-The History of Hedwig- 』を観劇。二〇分押して、ここまで待たされるのは久しぶりだ。体調が悪いとのことで、どうしても櫻井敦司のことが頭をよぎる。なるべく派手な格好していこうね、とふたりともBUCK-TICK のアロハやTシャツでめかしこんできていた。喉がつらそうで、でもやっぱりとてもいい声だ。国籍も声質も異なる、別のヘドウィグに託すようにして腰掛けるシーンも目立ったけれど、それはそれで、生殖reproductionではなく、創造creationによる継承の体現のようでもあり、眩しかった。ジョン・キャメロン・ミッチェルは鬘を脱ぐととびきりプリティーで、その笑顔を見るだけで嬉しくなるし、大袈裟によぼよぼな演技をして見せたり、声が出ない部分をフォローしてくれる演者にことさらに感謝を伝える姿を観客にも提示したり、ここは歌ってもらわなくちゃという部分はきちんとおさえつつ、まったく無理をしないで、そのうえで上手に成立させる強かさに、ほっとした。しかし、総じて、歳をとったんだな、というか、結局この人は、自身の生み出したヘドウィグというキャラクターと共にその生を引き受けると決めたんだ、というような淋しさもあり、どうにも拍手も手拍子もぞっとするくらい早まったタイミングで始めてしまう会場と一体となるというのはできなかった。ステージ上で、役を引き継ぐものに支えられ、すがりつくような歓声を上げる観客たちを前に、あまりにもひとりぼっちだ、と思った。

劇場を出て、ニトリとハンズで買い物をして、パルコ前で見知った顔を見つけて手を振った。Ryotaさんだった。こちらはすっぴん——帽子も眼鏡もなし——だったので、すぐに気づいてもらえない。そのために見た目を変えているのだから、甲斐があるというもの。浅草、虎ノ門を経由して、今晩シネクイントでかかる『罪人たち』を観るのだという。銀座線を端から端まで味わい尽くしている。それはそれとして、『罪人たち』は観たかったのだけれど出やすいところでかかっておらず諦めていたから、僕も行くことにした。

今晩は実家に帰る奥さんとお茶をして、駅まで見送る。それからRyotaさんに僕も行くよと連絡。ロビーでちょっとだけ話して、すぐに会場する。ふたりとも「ざいにんたち」と呼んでいたが、呼び込みで「つみびとたち」だと知る。それぞれ席に着く。

映画はすっげえよかった。終映後に『雑談・オブ・ザ・デッド』の共著者と一緒にはしゃげたのも嬉しい。

略奪者によって簒奪された土地に、奴隷として連行されてきた者たちが創り出した音楽は、いつしか彼ら自身の拠り所ともなっていた信仰の観点からすれば悪魔のものである。そもそも、彼らが支えとするキリスト教自体が略奪者の倫理なのであるが、黒人たちの信仰は土着の実践と混淆した独自のものであるし、世代を越えて営みを積み重ねてきたこの土地は、すでに彼らの「故郷」だ。大金を得るには都会の白人に仕えて犯罪に従事する他なく、土地を得るには白人から購入するしかない。すでに、利害も影響関係も、一方を断罪すれば済むというわけにはいかないほど複雑に絡み合っている。

罪人たちの行いが次の罪人たちをつくる。罪の連鎖は止まらない。ただし、次の罪人たちのとびきりの演奏は、別の罪人どもと共喰いのようにごちゃごちゃに混ざり合って、未来のパーティで鳴る新しい音楽になる。中盤のもっともカオスで美しい演奏に、黒人に混じってアジア系の歴史が併存していたこと。その意味を安易に自分に引き付けて意味づけたくはないのだけれど、今日この日を、ちょうど開票時間に始まったこの映画で締めくくれてよかったな、と思った。

なけなしの自由が創造したパーティーは、一夜にして搾取の対象となる。自分たちのパーティが呼び込んだ悪魔ならまだしも、悪魔さえも抑圧する白人たちには何ひとつ渡さない。あの一夜は、彼らだけのものだ。

きょうは投票のあと、渋谷でヘドウィグのまま歳を重ね、複数に継承されていくヘドウィグを見守るジョン・キャメロン・ミッチェルを見た。その夜、偶然に導かれた観た映画が、誰ひとり罪から逃れられない世界で、悪魔に売り渡すような魂だからこそ鳴らせる音があり、踊り明かせる夜があるのだと誇示する『罪人たち』だった。ちょっとできすぎているな。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。