きのうから息抜きに出井康博『黒人に最も愛され、FBIに最も恐れられた日本人』を読みはじめた。二〇〇一年刊行の『日本から救世主が来た』の改題文庫版。日米開戦を目前に控えた時期、単身アメリカに乗り込んで白人の支配体制を転覆しようと黒人たちの破壊活動を扇動する日本人がいた。その名も中根中。退役軍人を名乗り、逮捕時には朗々と生い立ちを語るが、それらはすべて真っ赤な嘘。ただの詐欺師のようにも思われるのだが、それにしては謎めいた資金力を有し、さらには同じような日本人がアメリカ各地で暗躍しているようでもある。かれらは、日本政府と通じているスパイなのだろうか。その地下工作はやがてデトロイト暴動の一因にもなったというのだが——みたいな本。これは、『ヤギの睾丸を移植した男』のような本かもしれない。いまのところ、ただの胡乱な詐欺師の一人にすぎず、その影響力については明らかに誇張しすぎだろうと感じるが、胡散臭い人物列伝は面白い。プロレスノンフィクションももっと読みたい。
数万人を動員するというのは大したものだし、じっさいその数はなにやら小さくない影響を持っていそうな気がするのだが、じっさい数万人というのは、ほとんどの人が知らないということでもある。現在のこの列島でいちばん大勢に関係するのは選挙だが、これも投票率は二十五パーセントくらいで、二五〇〇万人程度の動員だ。中根中の最盛期の動員は十万人というが——ほんとかよ——、これはGLAYの半分だ。GLAYがすごすぎる。夕食後に見たBUCK-TICKの三〇周年ライブはお台場の特設ステージで、二万人だった。二万人でも充分に見渡す限りで、かなり世界のすべてという感じがする。現在の有権者の人口が一億強だから、その0.02パーセントだ。GLAYでも0.2パーセント。計算が合っているのかかなり自信がないが、とにかく、そこにいない人の方が多いわけだ。当たり前だけど。こう考えると国政というのはすごい人気だ。ちなみに『国宝』は一千万人が見たというから、もう面倒なので計算はしないが、GLAYよりすごいといえるのか。一日のライブ興行とロングランの映画興行を較べても仕方がなくないか。であればそもそも投票率を持ち出すのも意味がわかりませんね。何が言いたいかというと、「みんな」というのはせいぜい二割足らずの人たちのことであって、どんな大流行も八割がた関係ないものであるというだけのことだ。誰かが物知りに見える時、それはあなたが知らない八割に属していることを知っているひとというだけで、そのひとはあなたが属する二割の常識をまったく知りもしないということはありえるし、ひとがひとの知識量に驚く時、それは既知のことがらの重複ではなく、未知の何かを知っているということを過大に評価しがちであるということのほうが多い。何の話がしたいのだったか。この話は何なのだ。今日も寝るのが一時を過ぎた。そんなのは間違っているからこの話はもうおしまいだ。寝る。
