2025.10.09

台風の影響で強風の心配がありはしたけれど、自転車を走らせてシネコンに向かう。夏の間は乗る気にもならなかったし、冬は冬でつらいから、自転車の季節はあんがい短い。『ワン・バトル・アフター・アナザー』を見る。いままで見た映画の中でいちばん面白かったな、という、ますます市場に蔓延る悪しき誇張表現みたいな感想をまず抱いた。追いかけっこという、ものすごくシンプルなサスペンス一本で緊張感をまったく途切れさせない剛腕。本筋がシンプルだからこそ、それを支える画と音と俳優の過剰なほど豊かなニュアンスが、存分に枝葉を広げていき、そうしたディティールへの耽溺だけでも何度でも繰り返し見ることができそうだった。娘を演じる俳優の名前がチェイス・インフィニティ際限ない追いかけっこなのもかなりいい。「次から次へとつづいていく闘争」という名を冠する本作にぴったりの名前だ。このネーミングセンスには、わかしょ文庫やオルタナ旧市街を感じる。際限なく続いていく闘いの、劇中の起点の端っこにいるのがレオナルド・ディカプリオ演じるボブで、この「父」像が『『ベイブ』論』以来考え続けている、現代における父の表象のひとつの結論だった。もう『ベイブ』見ないで『ワン・バトル・アフター・アナザー』を見れば、当面「父」はオーケーかもしれない。とにかく、画面の内外でつねに複数の逃走と追跡が蠢き、そのくせいちいちユーモラスな停滞があるのが楽しくって仕方がない。ドージョーの窓の外をまっすぐ横切るパトカーの灯り、画面の左端でもたもたとブーツを履くセンセイ、右側手前から左手奥へと、パトカーの目を避けるように匍匐前進でセンセイに向かって這い進むボブ。全体的に正当な娯楽大作然とした追跡劇のはずなのだけれど、つねに中年男性の体にかかる重力を感じさせる。上昇は緩慢で、落下はわたわたとなされる。複数の迷いない行為に、父であるボブはつねに一拍遅れる。この乗り切れない音痴の遅延がグルーヴになる。複数の移動がリズミカルに交差し、ボブによってよれ、そうして産まれるグルーヴが、ついには波打つうねりの快楽へと至る。うっとりしてしまう。帰りの坂道が楽しくてしょうがなかった。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。