奥さんは午前中からお出かけ。見送ってから鈴木清順監督『ツィゴイネルワイゼン』を観る。「心の砂地#」の最新回で特集されており、きょうシャーク鮫さんに会う前に見ておきたかった。野蛮な原田芳雄と抑制の効いた藤田敏八の好対照なエロさ。この対照は、それぞれの連れ合いである大谷直子の爆発寸前の危うさと、大楠道代のコントロールされたコケティッシュとも対応している。こう整理してみるとどちらも似たもの夫婦なのだ。男も女もみな漲っており、かつ自律しており格好いい。話は合ってないようなもので、この四人の関係の流動する配置と均衡をはらはらと目撃するだけの映画で、かれらの均衡がいつ破綻してもおかしくないという緊張感は、アフレコであることを隠そうともしない大胆な声が、口の動きからズレるだけでなく、カットとカットを跨ぎこしたり、関係のない風景に被せられたりすることで増幅される。そもそも画面の繋ぎが変だ。会話の途中であっても次にどんなショットが提示されるのかさっぱりわからないのだ。すげえ面白い。かなり好みの作品で、これはすぐにひとの感想を聞いてしまうのは勿体ないかな、と行きの電車ではここすなを聴かず、『人類の会話のための哲学』を読む。
平井に一四時半前に着いて、「拉麺生姜と肉」で遅めの昼ごはん。それからコモディイイダで缶ビールとおかしを買い出し。十五時には空き地さんかくに着いて、いい風だった。雨予報だったけれど晴れてよかった。気分よく読書していると青さんがやってきて、スピーカーを受けとる。缶ビールは冷やしておいてくれるというのでお願いする。よかった、さすがにぬるくなってしまうなと後悔しかけていたのだ。懸念通り工事は続いていて、結構うるさいが本を読むにはちょうどいい。
一応いつでも来てよいと投稿しておく。すると十五時半ごろおひとりいらして、挨拶するとなんと津守さんだという。はじめまして、と嬉しくおしゃべり。平井の本棚に行ってみたかったのだが、うまく間に合えなかったのだと伝えると、では今から見に行きますか、と提案してくださる。ほんとですか!と色めき立ち、シャーク鮫さんの到着を待ち、来たらすぐさま僕はこれから本屋に連れてってもらいます、と告げて、お留守番を託し、うきうきと津村さんについていく。あれ鍵あったかな、と鞄を探し、あって、シャッターをあげてくれる。手書きで平井の本棚と書いてあるガラス戸を開けると古本のにおいが鼻をつく。目の前の箱に収まったピロスマニの絵が目に留まり、ひらくと一九八六年の西武美術館であった展示の図録らしい。へえ、と思う。『放浪の画家ピロスマニ』は好きな映画だった。それからも棚を物色しながら津村さんとおしゃべりして、するとふらっとお客さんが入ってくる。あれ、みてもいいですか、と声がして、津村さんもどうぞと応える。開けて数分ですぐに店に血が通う。すごいことだ。お客さんはおそらく二人連れのようだけれど、とにかく一秒でも棚を見たいと本にばかり目をやっていた。あっリクール『生きた隠喩』がある、しかも値ごろだ。『繰り返し首を縦に振ること』で特によかった章の主要参考文献で、古書価格が高くて諦めて『解釈の革新』だけ買っておいたのだった。これは絶対に欲しい。ここでふと、閉めたお店のレジを開けるのはかなり面倒なのではないかと思い至り、今日ちょっと買い物しても大丈夫ですか、と尋ねる。大丈夫とのことで、さっきのピロスマキとリクールは間違いないとして、ほかも何か気になるものはあるかなと眺めていくと、山口百恵セットというのが見つかる。片方が平岡正明の『山口百恵は菩薩である』で、平岡正明はいつか読んでみたかった。もう一冊の『蒼い時』は知らないし、そもそも山口百恵にそこまで興味があるわけではないが、興味なんて本を読めば湧くものなので、沸かそうと思い手に取る。それからシヴェルブシュ『鉄道旅行の歴史』、香内三郎『活字文化の誕生』、中野目徹『官僚制の思想史』は著者のことはまったく知らないか、どこかで読んでいても忘れているのだが、タイトルに惹かれて古本は見つけた時に買わないと二度と思い出せないからね、と思い左腕に抱えられる。フローベール『紋切型辞典』も見つけて、これも棚から引き出された。こうなってくると手持ちが不安だ。ピロスマキは値付け前のようで、未知数なのだ。それ以外の本で一万円くらいになている気もする。まずピロスマキ以外のレジ打ちをしてもらい、余裕があったのでピロスマキも購うことにする。すこしまけてくださり、ぴったり一万円。嬉しいなあ、楽しすぎて、お店にいるあいだ本来の目的がすっかり頭から抜けていた。せっかくなので、屋上にもあがらせてもらう。途中二階や三階の用途も教えてもらい、ここで社交ができる、と確信する。屋上は気持ちがよく、夕方の光に照らされた駅のホームや駅前広場がよく見える。しかしタワマンがでかい。来月はここでお酒を飲むようで、それはさぞかし楽しいだろう。
お礼を述べて、社交会場に向かうとちょうど始まる頃で、さっそく何人もいらっしゃる。あずまさん一家もいらして、再会が嬉しい。子に覚えてるかな?と尋ねると、すこし考えてから、ピラミッドつくったよね。そう! スフィンクスもつくったね。そうそう! たのしかったね、またあそびにきてね。ありがとう、めちゃ嬉しい。会いたいな、と思っていた人が何人も来てくださり、HANABI の社交からのひとや、友達の友達、地元のおじちゃんたちも行き交って、とてもいい時間だった。こりゃ楽しいや。カウンタースペースでおかしやお酒を勧めながら、にこにことその場を眺めて、ちょこちょこ皆とおしゃべりし、ふわふわした心地でお酒を飲んで、よりふわふわした。終わりぎわに奥さんも来てくれて、このあたりでかなり油断して酔いが決定的にまわった。
打ち上げで青さん行きつけの中華に行き、社交の友達とまじって奥さんもおしゃべりしているのがなんだかくすぐったくて嬉しい。途中で合流してくる人もいてぜんぶで八人かな。今日は何度も嬉しいと思う。この日空き地さんかくに集ったのはさらに倍くらいの人数で、立派な社交場だった。終電ギリギリまで粘って帰って、カメラを忘れてきた。シャーク鮫さんが回収してくれたらしい。よかった。やらかしてはいるのだが、取り返しがついた。頭が痛くて、本が重くて、帰り道はけっこうつらかったが、つらくなれるほどの満たされた時間だったな、と満足でもある。しかし奥さんが来てくれてよかった。ひとりだったら挫けていた。
