2025.11.26

年末あたりの発売が告知された友田とん『「手に負えない」を編みなおす』(柏書房)がとても楽しみで、いつだかの友田さんのツイートで思い出したものがあったので探していたのだが見つからず、でもそのほかのお気に入りのツイートをたくさん発掘できた。たくさんの金言がある。友田さんは標語を部屋に貼り出していると書いていたような記憶があるが、これらはすべて毛筆で達筆なあれをあれして貼り出しておきたいものだ。とくに最後のみっつは、収まりも良さそうである。

友田さんの文章が読みたくなって、読めないでいた最新の「H.A.Bノ冊子」を読み、どの連載も楽しく嬉しい気分になる。それから『山學ノオト』をぱらぱら捲り、すでに付箋を貼りたい箇所がいくつも見つかる。付箋は一階にあり、膝にはルドンがいたのでそれ以上読むのは諦める。

友田さんの見つからなかったツイートを探すために自分の「いいね」欄を五年以上遡ったのだが、元気が出ることしか書いてない。振り返るというのは大事だなと思って、二年ほど前、柿内正午さんにゲストで出てもらったときの自分のポッドキャストを聴き直してみたらこれにもずいぶん励まされた。柿内さん元気かな。来週の丹渡さんとのおしゃべりに向けて『プルーストを読む生活』や『文學界』も読み返し、まずは自分のやってきたことを再確認してみる。『迂闊』のほうを読むべきなのだろうが迂遠にやりたい気分だった。それに当日は丹渡さんの話を聞くわけで、おそらく僕の話には軽く触れる程度だろうから、軽く済ませるためにも僕自身が僕の近過去についてちゃんと思い出して相対化して整理整頓まで済ませておくことで軽く飽きておくことが必要だろう。ふたつの日記本に共通するのは明確な終着点があることで、つまりはプルーストの読了だ。ある目的を達成するまでの日記というのは、はじめから明確に終点が設定されてあるわけで、終盤になって自らの終わりを予期してどんどんドライブしていくというのは当然あると思う。これは最終回や卒業式を自分で準備しておいて、まんまとそれに乗せられていくということで、この自作自演がけっこう大事だったりする。

夕食は『ミニマル料理』の新刊から椎茸のポタージュとケバブライス。今月に入ってから全くみられていなかった『ばけばけ』を流しておくと、ずっと泣きながら料理するはめになった。おいしくできた。

『黒人理性批判』を読み終え、前半のわからなさがすごかったが後半はちょっと読めた気がした。このまま『ネクロポリティクス』にいくのはしんどいな、とタナハシ・コーツの『なぜ書くのか』の序文と一章を読んで、サイディヤ・ハートマン『奔放な生、うつくしい実験』を始めるとあまりの格好よさに、うへえ、とぶっ飛んだ。これは、絶対にすごい本だ。方法論の時点ですべての行がパンチラインで、宣言される試行自体が最高に不遜で怒りに満ちており、それでいてとにかくクールだ。こりゃあすげえぞ、とわくわくしながら夢中で読み。でももう日付が変わってしまいそうだった。日記の時間だ。そして寝る時間。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。