2025.11.28

さいきんはセールで買った電子版でゆうきまさみ『機動警察パトレイバー』を読んでいて、反体制側として出てくる内海という男が眼鏡といい目許といい、僕に似ている。

令和うんちゃらはズンドコベロンチョみたいなものだと思っているのだけれど、「文学+WEB版」に掲載された小峰ひずみの批評のなかに「正社員様の哲学」というパワーワードが配置され、小規模なざわめきが観測された。そもそもズンドコベロンチョなので内実がよくわからないのだけれど、これはもしや自著である「正社員様の哲学」、じゃなかった、『会社員の哲学』がすごく売れそうなのでは、と思い、ほんのり便乗したツイートを連投したところ、久しぶりに注文があってしめしめと思った。人文知とマーケティングの癒着というのはべつにそこまで新しい話でもないのだけれど、個々人のキャンセル的な消費活動の転用が経済合理性を介して社会をいい感じにするかもと考えていた人たちですら、クソチェンソーナチ野郎に簒奪されたプラットフォームを手放すことができず、こうして販促に勤しむほかないという情況に対して「まあ、ばっちい場所だけどやるしかないか」という判断がかなりフラットなものとして行われるに至った現状をよく反映していると思う。略奪や虐殺や差別に対して心底嘆き憤りつつ、でもそうした不正がいま自分の生活が成り立つ生活のインフラ構造と密接であるがためにどうしたってまったく加担しないでいることはできない。そうしたことに自覚的になるほかないとき——いつだってそうだったんだけど——潔癖な原理主義は非現実的でしかなくて、どうしたって間違いや悪や汚らしさを引き受けた上で、欺瞞にしかならないような正論をそれでもネゴって通していかなければいけない。

「会社員」も「学生」も、「素人」も「専門家」も、「大衆」も「知識人/研究者」も、まあその時々で分類のしようはあるかもしれないけど大体ひとりの人間の中に同居しているもんであり、例えば「会社員」で素人で「大衆」という属性だったとしても、そのどれでもない時間に「市民」やれんじゃないの?  そもそもこうした分類によって規定されていくこと自体が、個々人の固有性を抑圧し、極論いえば非人間化する発想にもなるわけで、そうした抑圧からの解放をめざすのがヒューマニズムってやつなんじゃないかしら。

先の段落のようなことをツイートしたら、あるひとから「正社員を特権的と断じられてしまうことに対してモヤモヤしている」というような連絡をいただき、いや正社員ってやっぱり特権的ではあるでしょ、と思う。その特権に自覚しないでいられるどころかモヤモヤまでできるというのは相当な特権だ。というか、誰しも何かしら特権=マジョリティ性はもっているわけで、持ってるからといって即断罪とかそういう雑な話でもない。むしろ自分はなにを自覚できていないんだろう?と死角をつねに気にしつつ、気がつけたときには、特権性にぐじぐじ自意識をこじらせるのではなく、じっさい持っちゃってる自身の特権をフル活用してそうでないひとに親切にしようね、と考えている。人に親切にしやすい自分であるためにも、手が届きそうな特権はじゃんじゃん獲得していこうぜ、くらいには考えているかもしれない。罪悪感はそりゃあるだろうけど、というかないと困るけど、だったら行為で贖罪していくほかないわけで、善行というのはそうやって積んでいくんじゃないでしょうか。そんなことも読み取れるんじゃないかと思いますので、みなさま『会社員の哲学』をぜひ本屋さんで買って読んでくださいね。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。