「火を焚くZINE」の一連の日記談義や、きのうの丹渡さんとのおしゃべりから触発されたのは、日記のとるにたらなさに対する態度の色々だ。僕にとって日記がとるにたらないのはまず前提であり、だから日記へのスタンスとはとるにたらなさに対するそれである。たとえば日記はわざわざ本にするものではない。わざわざ本にするものではないものを、わざわざ自前で印刷して流通されるという行為にこそ何かしらが宿るのであって、日記それ自体はあまり問題ではない。日記はそれ自体で作品ではないのだが、本の形にすると作品になるとすればそれは書かれた内容ではなく本という形のことを作品と呼びうるというだけのことで、作品ではないものに形を与えて作品にするところにナンセンスな面白さがある。だから中身の日記は他愛もなく、洗練もされておらず、意図もないようなもののほうがいいのだが、それだけだとそもそも本にする動機に乏しいので形をつくるための動因をどこかから調達してくる必要があり、この、作品でないものをどのようなパッケージで作品にでっち上げるかという戦術、制作をどのように理論化するかというところに日記本の面白さはありえ、とるにたらなさとどのように付き合うかという個々の信念が表れる。
日記を書くことと本を作ることは別の行為であり、そのふたつを行き来するからこそ意義があるということは、僕自身が『プルーストを読む生活』をH.A.Bから出してもらっていることで伝わりにくくなっているところだけれど、じっさい日記本は自作しないとあまり意味がないとはやはり思う。誰かに出してもらうとか、依頼されて書くとなるとどうしても日記それ自体が大したものかのように錯覚してしまうが、そんなわけはないのだ。とるにたらなさを引き受けることと、それに形を与えることとの緊張関係にどう対処するか。紙に印刷されることを自明のこととするような日記、紙に印刷されることを権威や承認の徴だと発想するような日記、日記はたかが日記だろうと卑屈であるだけの日記、日記には価値があると肯定するだけの日記、最小のコストで売文市場の実績をつくれるものとしての日記、そうしたものには興味が湧かない。上手く書こうとか、読まれたいとか、認められたいとかではなく、書きたいから書くだけの日記がいいし、作りたいから作られるだけの日記本がいい。それをいかにして読まれ認められうるものとして流通させるかは日記を書くうえでは不要な考えで、本を自作するという別の行為で考えればいいことだ。書きたいだけなら出さないでいいし、書くことで世に出たいなら日記以外のもので出ていくほうがいいだろう。いや、これもまたお前は日記で界隈への参入を果たしとるやんけと言われたらその通りなのだけれど、実感として素人の自主制作の日記なんてものでなにかしら道がひらけるなんて発想は五六年前にはまだかなりか弱く、少なくとも僕にはなかった。先行していたものはあるにはあるけれど、たとえば植本一子のような人間関係も、阿久津隆のように店主なわけでもなく、ただ無名で文化と縁遠い会社員が日記を、頼まれてもいないのに自分でせっせと組版して入稿して営業して本屋で売るというのは、冗談のようなものとしてやっていた。この感覚は日記屋月日の開業以降、ずいぶん伝わりづらくなった気がしている。なんでそんなことやってんの?と訝しがられなくなったぶん、むしろ日記への軽視、きちんとした作品ではないというそれ自体そのとおりでしかない判断が、素朴な日記肯定派とこれまた素朴な懐疑派とに分かつとのとして機能するようになったのではないか。とるにたらないものを、大したものであるかのように売るのも、とるにたらないからと切って捨てるのもしたくない。とるにたらないものはとるにたらない。それだけのことを、それだけのこととしてやる。これもやはり照れの話な気がする。冗談めかして、なぜそんなことを、と思われるようなことを、しかしそれこそがいいのだと堂々とやる。やる必要のないこと、やる意味のないこと、やるにしてももっとうまいやり方があるもの、やっても見向きもされそうにないものを、必要とか意味とか方法とか流通とかではない手掛かりで、いやそんなものはほとんどないのでいずれかに擬態しつつ、ひたすらに冗談に居直ること。誰が読むんだこんなもん、という気骨のない日記は僕は面白くない。たぶん僕にとって日記とはそういうもので、日記それ自体よりそれを本にするということのほうに表現を見ているから、本にする理路や方法をこそ問題にするのだと思う。ここまで書いてきてわかってきたけれど、僕にとって自作の日記本とはアンチ商品を商品の形態でやるところが好きだったのだろう。商圏が見えて来てしまったらもうそのギャグは失効してしまう。もちろん、まだかなり小さなマーケットなわけで、その小ささにおいてギャグだということはできるだろうけれど、そんな巨視的な観察のなにが面白いのだろう。保坂和志の小島信夫が言う「あなたたちが面白いと言う、そこがつまらないんだ」。そうなんだよ。面白いものなんて面白いわけないだろ。面白いだけなんだから。
来月は大相撲に連れて行ってもらう約束があるので、教えてもらったYouTubeの入門動画を見てみたり、『大相撲殺人事件』を読んだりする。「こじらせ平成夜話」でささこさんが何も知らない状態で現地で見るDDTについて話していて、ささこさんとは以前から中級者であることのしんどさみたいな話をしていたから、何かについて初心者をやり直すの楽しいよね、と頷きながら聞いていた。日記には初級も上級もなく、ただあるからいい。
