2025.12.18

『奇奇怪怪』でTaitan がトークイベントというのは「男すぎる」ものになりがちだと話していて、面白い。これを男性性というと大仰すぎるから「男の子っぽい」としておくが、男の子っぽさとはつまり、ゲームを上手くやることが至上とされるということな気がする。たとえば運転もそうだし、金を稼ぐこともそうだろう。いまの時代はこうだとか、カルチャーの気分を喝破するとか、そういう大上段の状況論を面白く提示するのもゲームだろう。ゲームにはルールがあって、そのルールへの疑義は挟まずにとりあえず乗ったうえで上手くやる。優劣や勝ち負けがはっきりとつく。それに興奮する。そういう男の子っぽさ。

対して、そもそもゲームに参加しない、べつの遊び方を考え出す、ルールを司る興奮ではなく具体的な状況への気遣いをとる、別のルールを提示する、あらゆるルールを脱臼させる、ルールを茶化して一緒にいい時間を過ごす、そういうのがありえる。速さでも大きさでもない、そもそも競技じゃない、奔放さ。

ところで、僕はとにかくファンダムというものが苦手なのだと思う。うっとりしている人の群れが怖い。信じるとか、崇拝するとか、ある個人らに対して対等ではない関係を結ぶありかたが怖い。マスゲームのようなものへの忌避感が強くある。この怖さは、先のトークイベントの「男すぎる」ことへの嫌さとも通じそうな気がする。電車の中では『置き配的』を始める。いまいちばん面白い散文を書くひとりだと思う。それがわかりきっているから発売してすぐに読む気がしなかったのだけれど、きょうはあまり本が読めないコンディションだなと思い、読めそうなものを持ってきた。それでじっさい面白いからどんどん読んで、元気が湧いてくる。いまさっき書いたファンダムへの生理感覚とは、けっきょくは狂信を他に押し付けることで自身の生活感覚の堅実さを確認して安心したいだけの反応なのかもしれないと考える。

新宿で買い物をする。柿内正午という人格は六歳で、あしたはじめてのクリスマス会へのお呼ばれがある。プレゼント交換に前日まで悩み、結局かなり無難な選択をした。帰宅後、奥さんには、六歳ってかんじだねーと茶化された。意地悪な人だ。紀伊国屋書店とピカデリーの裏面に挟まれた通りで、消防車と警察が一台の車に群がり、地面にはさらさらした質感の粒々が散布されていた。何かあったんですかあ? と裏返った声で男が声をかけて、制服たちに無視されていた。軽食を取るために入ったミスドで、隣あった女性はラーメンの器を前にぼんやりと顔をあげ、窓に反射する自分をじっと見つめつづけていた。

ピカデリーに入り、『WEAPONS/ウェポンズ』。冒頭、自在にズームインとズームアウトを繰り返し遠近を撹乱するカメラはつねに子供の目線の高さに据えられている。そして夜の住宅街へと走り去っていく子供らとともにカメラは一挙に鳥瞰へと至る。この妙な爽やかさ。明らかに不穏でありながら開放感に満ちた幕開けだ。つづいて、着席する教師の後頭部を見上げるカメラも子供の目線なのだが、徐々に上昇しながら肩越しに回り込み、彼女の正面に捉えられるころには残された大人たちの視点に同化する。これ以降の構図の閉塞感たるや。すべてが予定調和に見える。じっさい、画面はつねに三人称小説の群像劇のような章立てで語られていく筋書きに奉仕するだけで、画面の内外にまったき偶然を呼び込む余白がどこにもない。ただ面白いプロットを面白く進行するためだけのカメラ。直前まで福尾の本を読んでいたから、冒頭だけに「疎」への予感が垣間見え、そのあとはずっと「密」なネットワークにがんじがらめに、メタな情報だけが置かれていく「ポジショントーク」に終始する映画だと思えた。面白かったけれど、ちょっと「密」すぎる。キャラクターの属性や背景といったメタ情報も、隠喩っぽいほのめかしもみっしりしていて、ハッとするような「疎」の画がほとんどない。最終盤の振り付けを拒絶するような疾走をメタとみるかベタと見るかで印象は変わりそうではある。とはいえ、よく書かれたお芝居を、身体の演技の場ではなく、テキストの上演としてだけ捉えるとむちゃおもろいという感じの面白さはべらぼうにあって、いいものを読んだなあという満足はあった。

終映し、声が聞こえる。おまえまじふざけんな、みんな同じお金払ってんだぞ、しゃべんなバカ。え、声出てた? 出てたわ、私は慣れてるからいいけどさあ。心の声出てたわ。声が出ていたという彼女は、斜め前の席で、怖いシーンになると白いマフラーを顔の前にもちあげて身を縮こまらせていた。悲鳴もあげていたのだろう。そのくせ、今世紀いちばん面白かったかもしれん、とも言っており、かわいらしかった。こういう人たちと一緒に見ることができるから映画館はいい。

帰宅して同じ監督の『コンパニオン』を見る。軽薄なロマコメ、笑えるホラー、安いSFなど、僕が大好きなものが詰まっており、そのうえで単なる足し算ではなく明確な批評意識で一本筋が通っている。ものすごく面白かった。あまりにもテキスト優位であるという性格は『WEAPONS/ウェポンズ』と変わらないのだけれど、こちらのほうがなにせ複数のジャンルをごた混ぜにしている分へんな雑味が出る余地があり、かつ俳優のチャームがものすごくて余剰となっているので、テキストが意図しているものとは相反するさまざまを喚起するところが好きだった。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。