お昼は奥さんが作り置きしておいていたおせちを綺麗に盛り付けてくれる。煮〆、松風焼き、紅白なます、いいハム、焼き鶏、きのこのマリネ、蛸セロリ、ごぼうのたたき。さらには朝のお雑煮の出汁のあまりでちょっと豪華ないいインスタント味噌汁。
奥さんはいつからかホワイトボードのリングノートを使っていて便利そうだった。そこに一日のスケジュールを書き込み、きょうは家の中で解散しておのおののことをやるぞと決める。二階で奥さんが期間限定で公開されているお芝居の映像を見ているあいだ、原稿をひとつ書き終え、ひとつ始める。日記を読み返すと昨年の正月もなにかしら書いていたらしい。依頼があるのはありがたいことですね。
書くべきところまで済んだので、『「手に負えない」を編みなおす』を読み終える。《このような五里霧中の自縄自縛のまどろっこしさこそが作家・友田とんの真骨頂なのであり、この本ではついに友田さんのナンセンスな実践を、読者は相対化して笑うのではなく一緒になぞっていくことになる》。そのように先日の日記に書いたけれど、この本はそれだけでは終わらなかった。
(…)さまざまな主体があるということは、無数の利害が衝突するということであり、そこに思いもしない事態が生まれ、それらが都度調整されつつある状況としてこの現実がある。それはさまざまな主体が一緒になって一枚の布を編むようなものだろう。月日が経てば、その編まれたものにほつれが生じる。そこで日々、さまざまな主体による継ぎはぎや修繕が行われ、一枚の布が維持されている。
友田とん『「手に負えない」を編みなおす』(柏書房)p.211
第一部の粘り強い調整と観察を経て、すっかり友田とんの方法へとチューニングされた読者の体は、第二部においてなされる奔放な「飛躍」に怯まなくなっている。むしろ共に可笑しさを見出して喜ぶようになっている。友田とんという固有の存在が抱え持つ記憶と環境のレイアウトが組み変わり、あらたな相貌を見せ始める様子を一緒になって発見できるようになる。
この本の読み口は、日々のマッサージのようでもあり、読んでいる間は痛さや圧迫感もあるかもしれないが、読み終えた直後は「ああ気持ちよかった」と軽やかになるだろう。毎日を頑張る心身はまた凝っていくだろう。そうしたら、また友田とんが読みたくなる。つねに手許に置いておきたい本は少なくないが、行きつけの整体師や鍼灸師のような本というのはなかなかない。面白かったなあ。
夕食もおせち。お供に『バッドガイズ2』を見る。一作目が好きだった記憶があった。そして、これはもう続編はない方がいいなと思っていたのだけれど、完璧な続編だった。前作が改心で終わってしまったからこそ、ここからアクションをやるにはグルーとミニオンのように治安維持を担う体制側にまわるほかないはずで、しかしそれだと絶対に面白くなくなるわけだ。けれども、『バッドガイズ2』はちゃんと悪党たちの改心の「次」にある困難をやっていたから、納得したうえで娯楽作としてにこにこ楽しめた。たるい説明を極力削ぎ落としたテンポの良さも健在。展開としてはがちゃがちゃしてるしとにかく速いんだけど、アクションの要所要所に止め絵が入ることでなんとなく上品な印象を受けるというか、流され切らずにちゃんと落ち着いて見れるものになっている気がする。いいなあ。
寝る前、セールで買った「The Case of the Golden Idol」を始めたいのだが、Mac版だからか日本語対応がうまくいかず、MODを入れたり対応に苦戦して、もう今晩は諦めるかと思われたがなんとか始められた。これは面白いぞ!
