道中に一風堂があったのではやめのお昼にする。カウンターの向かいのちびっこがじっとこちらを見て喃語で話しかけてくるので、うん、おいしいね、とてきとうに返事をする。にこにこしていたので合っていなくもないだろう。ひと足先に親子で退店して、ベビーカーに乗せられた途端に号泣していた。ついさっきまであんなに機嫌よかったのに。在宅労働環境の改善のため、Gemini に相談した奥さんはキーボードの見直しをしたい。Gemini の推奨ルートを逆行するように、遊舎工房から始めてアークショップ、ヨドバシと巡って行ったのだけれど、やはりもとはゴール地点に置かれていた遊舎工房がもっとも楽しい。自作キーボードかあ。いつだかこの日記を打鍵する様子を描写してみたら、なんと人差し指と親指しか使っていないことが判明したので——いま確認してみたら右の中指も使うようになっていた——、とにかく運指は滅茶苦茶なのだけれど、だからこそ自分の生理感覚に合わせてキーボードの方を作っちゃうというのはロマンがある。現物を色々みて、パーツごとの役割もぼんやりと把握できたので改めて朱野帰子『キーボードなんて何でもいいと思ってた』を読み返そうかと考える。たしかこの本に、ガジェットに人が適合するのではなく、ガジェットを人に適合させるのだというような話が載っていてわくわくしたのだ。要はキーボードとは文房具であって、いまとなっては紙とペンよりも使うわけだから、ひとたびハマってしまうと大変そうだという予感で遠ざけてきたのだけれど、こうしてひとの買い物に同行するだけですでにちょっとその気になっていなくはない。
秋葉原から水道橋に移動して、大久保さんからチケットを受け取る。青木さんから連絡がありちょっと会えないかとのことだったのでいちど解散し、青木さんを探す。神保町から歩いてくるというから気を利かせて東口に移動したら西口に着いたとのことで引き返す。新年の挨拶をしてちょっとだけ話をして、続々と東京ドーム前に集結する青木さんの友人たちともご挨拶。開場したのではやめに入場する。今年は二階席の三塁側、前から四列目で会場が見渡せる。これからここが満員になっていくのを見られるんだ、とそわそわする。四万五千人。後で知るのだが最終的には四万七千人ほど入ったらしい。
レモンサワーを買って、第0試合にさらに先立つヤングライオンの前座試合から見る。第0試合のベルト戦でエル・ファンタズモに挑戦するクリス・ブルックスのセコンドにアントーニオ本多がいて奥さんと大喜びする。ブンブンももちろんいた。とてもいい試合で、すでに会場も温まっており、花道を使ったゴムパッチンまで見ることができた。これはもしかしてクリス勝つかもと思われたが惜しくも敗北。奥さんが、んなァッと悔しがる。僕もくそーと言う。
第1試合は八チームに分かれて二十四人が入り乱れよくわからない。武知海青の入場でTHE RAMPAGEが多分総出で歌い踊って、この人らは多分この規模の興行に慣れてるんだろうなと思いながら、でもやっぱり遠いし小さいよなとも感じていたところ、続いて現れたSANADAがゲーミング甲冑みたいなのを着てビカビカしており、LDHをかるく凌駕するインパクトの入場で大笑いした。二年前の初めてのプロレス観戦もイッテンヨンで、SANADAはメインだったがあまり面白くなかった。なんというか、巧くてきれいなのだが、端正であるだけに退屈になってしまっていたし、しゃべりはスベッていた。ヒールターンしてからはかなり好きだ。まあ、HOUSE OF TORTURE贔屓である自覚はある。あとは、何があったんだっけな、石井ちゃんが復帰していて嬉しい。矢野が金髪になると匂わせていたYOHが髪を染めてきて、お前がやるんかい、とちゃんと会場のあちこちからツッコミが入る。あんまり色が抜けきれておらず、金髪というかオレンジだった。三人タッグだから、誰か一人が負けたらみんな失格で、なんかみんないつの間にか退場させられてた。武知海青も場外でこつこつやっていたようだけれど、あっさり退場してしまったし、石井ちゃんのタッグもいなくなってしまい、特にでかい会場でこそシングルを見たいよなー、と思わずにはいられない。そこで第2試合の朱里対上谷沙弥でそうそうこういうの、と満足する。しかし朱里は怖い。フラットな殺気を感じる。
第3試合はWAR DOGSとUNITED EMPIRE の抗争。流石にユニット対抗戦だと見やすい。復帰したHENAREが膝や頭を攻撃されるたびにハラハラしてしまう。待望のジェイク・リーは帝国に寝返り、まだ本調子ではなさそうだけれどこれからが楽しみ。かつての仲間であったゲイブがキレていて、奥さんが、そうだよゲイブには怒る権利がある!と声を上げる。ウィールさんも出てきたし、フィンレーとヒロムがお互いに武器役を押し付けるのも楽しかった。なんかアキラも復帰したらしい。遠くから見るとフィニッシュもサプライズも地味で、えっと、なんだなんだ?となる。第4試合はSHOの入場映像が、横スクロールの射撃ゲームを模しており、ドットで描画されるデスペ、石森、藤田の顔面が次々に撃ち落とされ、さらには「ここにいる全員田舎もん」と煽り散らかしてくる最高の出来で、はしゃぐ。もちろんSHOが三人にぼこぼこにされて、藤田がおいしいところを掻っ攫われる。デスペと藤田の戦いを思ったよりもしっかり見せてもらえてよかった。
EVILが新人ウルフアロンを歓迎する第5試合がいちばん楽しみだったかもしれない。じっさい、いい仕事をしていた。EVILは最高。いい顔してた。驚き、煽り、痛み、驕り、あらゆる必要な物語を物語る表情筋。しかし物語をじっさいにあらわすのは肉体ぜんぶだ。EVILはそれができる。EVILは全身がおしゃべりなのだ。最高だぜ。極悪仲よし軍団の乱入だけでなく、テーブルまで出てくる歓待っぷり。そのうえで、明らかにプロレスの技術はEVILが格上であるところをしっかり見せつける。格好いいな。EVILの必殺技EVILは大外刈りなのだが、柔道金メダリストのウルフアロンはいつだかのマイクで大外刈りで負けたことないですと言っておりこれはかなりよかった。じっさい、プロレスでは圧倒的な差を印象付けた上で、フィニッシュを狙ったEVILをウルフアロンは大外刈りとして対処して、そのまま柔道っぽい締め技へと鮮やかに移行してEVILを落とした。会場は大盛り上がりだ。すべてはEVILの筋書きだろう。なんたって裏の社長だし。プロレスと柔道の違いを暗に示しつつ、柔道家としての格をちゃんと見せ場にしてあげる、それができるのはEVIL でフィニッシュするEVILだけだったわけだ。
セミはTAKESHITAが圧倒的。去年はフィンレーに花を持たせてもらった辻がまた今年もそんな感じ。だめじゃん。いいかげん自力で咲け、と思い続けて三年目。流れ的に難しいのはわかるけれど、TAKESHITAが負ける説得力に欠ける。でも、TAKESHITAが強すぎるのもわかる。強すぎるってたいへんだ。強すぎると応援されにくいし勝ちにくいというプロレスならではの困難に面白いなあと思いつつ、でもTAKESHITAはずっと勝ってりゃいいじゃんよ、とぶーたれたくなる気持ちもある。個人的には嫌いじゃないし、全体としてはいい試合だと思ったけれど、奥さんは、辻の動けなさがひどい、と辛辣。TAKESHITAが負けて機嫌が悪いのもある。
そしてメインの棚橋弘至の引退試合。オカダ・カズチカってやっぱすごいんだなと思う。四万七千人をコントロールできる演技力と胆力。棚橋がお馴染みの技を繰り出すたび、そのひとつひとつにお別れを告げているようだと思った。ひとつひとつ終わらせていく。その予定調和にオカダが立ちはだかるからこそ、ひとつ決まるたびに、ワアアーーーと客が沸く。泣くかと思ったけれど、爽やかだった。棚橋がちゃんと足掻いていたのがよかった。ちゃんとみっともないところがあって、綺麗に終わらないぞという意志が二人ともにあって、そうだよな、つねにストラグルを見せるのがプロレスだもんな、と嬉しくなる。無意味に蕩尽される体力、無意味に痛めつけられる肉体、無意味に競われる痩せ我慢。そうしたものが、意味を超えて意味になってしまう。そのようなものとしてのプロレスが好きだった。そうして、あっという間に終わってしまった。
今年は前座二つを加えてぜんぶで九試合。去年は前座一つで十試合、一昨年も前座は一つで合計十一試合だったから、ずいぶんとスリムで、でもだからこそ最後まで集中を切らさず楽しめた。なんだかんだで三つくらい見たところでお腹いっぱいになり始めるのに、終盤にかけて重たい試合が続くわけで、そうたくさんはいらないのだよな、と気がつけた。棚橋引退セレモニーは、ゴンドラでの練り歩きまで含めたっぷり一時間以上あった。引退を惜しむというよりも、長えよ、と笑えるような長さで、それがよかった。でも内藤の長さは嫌だった。第一印象からよくないが、日に日に嫌いになる。棚橋もあのままだったら嫌だったかも。この一年かけて、やっぱり動けるのかもと思いえるくらいにまで仕上げてきたからこそ好きになれた。動けないのに人気だけあるというのはやはりなんだか酷だ。できてないならちゃんとできてないと思うし、できていたらまだできるじゃんと思う。そういう正直さというか、身も蓋もなさがあるのがいい。すべてを戦い終え、文字通り神輿に担がれて象徴になった棚橋は、へらっと笑いながら、ありがとぉ、と気の抜けた声を出していた。やっぱりオールマイトだったんだな、と思う。
你好で打ち上げ。店内のすべての卓で同じ話がなされていた。今年は終電に間に合うが、紫芋アイスを食べていたら二時。
