夜中にうなされて目が覚めるとルドンが胸の上でもっちり眠っていて、こっちに向けたお尻が見事に顎の下に嵌まりこんでおり、ギプスをつけているときのように首が動かせないでいたので、やめてくれ、と懇願した。お尻をやさしく両の掌で包んで横にずらす。上がっていた顎を正常な位置に戻そうとする間もなく、またお尻が潜り込んでくる。なんでや。その話を朝寝坊気味の朝にしたら、奥さんがさっきトイレを掃除したんだけど、どっさりだったよ、それを教えたかったんじゃない?と返してきて、顎下の臭いが心配になる。この前電車で隣り合ったお兄さんがハムスターくさくてつらかったけど、いま自分も同じように猫くさいのかもしれないとも思う、と奥さんは言った。
なんか電車も事務所も妙に空いていたので不安になる。きょうなにかあった?
エドワール・マネの女性たちが姿を表したのはこの時点であった。マネは彼女たちを絵画史的な意味の磁場から解放し、なんの理念も代表しないような無名の一個人として、しかし、確かにはっきりと絵画上の宇宙に存在するイメージとして描くことに成功した。彼女たちのフォルムが表現しているのは「理念」や「精神」や「意味」ではなく、彼女たち自身である。考えてみれば、おそるべきことに、現在ぼくたちが一般的にやりとりしている「意味は特にない」が「確かにそれは存在した」ことを記録する映像は、マネによってここで示されるまで、ぼくたちの世界の中には存在していなかったのである。ただ単に存在していること。そのことだけで描かれる=表現される=再現される価値があるということ——マネの絵画が切り開いたのはこのような、無法なほどの平等性に充ち溢れた、おそらく、ほとんどバルトが述べる「始原的リアリスム」にも近しい領域に存在するフォルムであったのだ。
大谷能生『〈ツイッター〉にとって美とはなにか』(フィルムアート社)p.137
改めて読み返すと『音と言葉のデジタリティ』でぐっときたところはほとんどすでに書かれている。別の本によって触発された回路で再読すると、前は何を読んでいたんだよ、と呆れることはよくあるし、それは喜びだ。零貨店アカミミは「世の中の大したことないものの総量を増やす」というのを掲げているが、これは〈ただ単に存在していること。そのことだけで描かれる=表現される=再現される価値がある〉という〈無法なほどの平等性〉だといえなくもない。無法なほど、というところがいいね。
さて、昨日の時点では、無声映画にあってトーキーで失われた可能性についてあまり明確に書けないでいた。
まず大谷はヘーゲルを呼びつけて、かれの西洋文化においては「書き言葉」こそが歴史の「主体」となるための条件であったわけだ。無声映画は、画面に写真と字幕とが等価な映像として投影されるところに〈無法なほどの平等性〉があるのである。どういうことか。孫引きになるが、家に帰ったらちゃんと確認するので許してね。でもうちにあるの文庫版だから頁数ちがうかも——ゴダールの『映画史』の以下を参照するとわかりやすい。
この映画の冒頭では、まずだれかがなにかをしているところを見せるカットが七つか八つつづき、ついで「彼はこういう人だった」〔英語〕という字幕が入ります。そして次に、その男の母親を見せるカットが三つつづき、ついで「彼の母親はこういう人だった」〔英語〕という字幕が入ります。映画がかつてもっていた驚くべき力は、こうした字幕のつかい方にこそあったのです。映画はそのあと〔トーキーに移行することによって〕その力を失ったのですが、当時はおうおうにして、文字なり言語なりと映画との仲はよかったのです。(九八頁)
引用元:同書 p.132
無名の人物を移すショットの連続のあとに「こういう人だった」と字幕が入る。これは、文字なり言語なりと仲良しだということだという。この仲良しさは、かつて絵画が偉大な宗教や英雄といったテキストを描く芸術であった時代にクールベがただの田舎もんの葬式をでっかい絵に仰々しく描いてみせたさいに引き起こしたスキャンダルと同質の〈「書き言葉」の所有権を巡る階級闘争〉(一五八頁)であっただろう。けれども、トーキーの登場によって、映画は再び「書き言葉」を持たない人々の言語を声へと——話し言葉へと差し戻してしまった。
「声」に接続され、ふたたび「書き言葉」から切り離された「映像」は、「思考するフォルム」としての自分から遠ざかり、映画はここで言葉を巡る闘争の最前線から離脱することになる。代わりに……ということではもちろんないが、二〇世紀文化の中から無声映画が消えていった時代に生まれた思想家たちは、「文字」で書かれたものそれ自体を映画のように、また、書かれた言葉そのものを「思考するフォルム」として読むための探求をはじめることになるだろう。フランスを中心としたいわるゆ二〇世紀の「現代思想」とは、おそらくそのように把握されることが出来るものなのだと、ぼくは思っている。(…)
同書 p.160-161
僕が素人なりに「現代思想」を愛好していたのって、たぶんこのような〈これまで文字として書かれてきた言葉=古い記号を、レコードに針を落とすようなかたちで体験出来るようになるための道筋を探る〉(一七五頁)ところが面白かったのだと思う。ともかく、近代にいたるまで西洋文化はモノ的な声や音を複製し、残しておくということを抑制し、とにかく文字という「書き言葉」にそうした役割を集中させてきた。
写真から映画とつながってゆく技術のラインは、まさしく一九世紀的工学と化学があってこそはじめて成立するものだ。しかし、「子供の科学」的な実験キットで実現出来ることからも明らかなように、「声の録音と再生」という技術は、いわば古代ギリシア時代から存在してもまったくおかしくはなかったメディアである。ぼくたちの歴史には、ソクラテスやイエス・キリストの説教の録音を聞ける可能性があったはずなのだ……が、しかし、それが実際にはないということは、やはり、モノに刻まれた声や音は、西欧文明にとって排除・抑圧すべきヤバいものとして、それを生み出すことすら想像しないような埒外に投げ捨てられたまま、近代の終わりにあってはじめて、ようやっと、ぼくたちの「制度」に合流することが可能になった存在なのだ。
同書p.166-167
しかし、とうとうレコードが発明される。〈書き言葉をロゴス的な「声」にではなく、いま現在目の前で回転している円盤が鳴らしている音と同じように、ある物質に支えられた傷跡そのものとして読み取ること〉(一七五頁)への道筋がひらかれる。
声を録音して聞いてみるという作業を通して、誰の目にも、いや、耳にも明らかなことは、録音された声は「書かれた言葉」とはいささかも似ていないという事実である。そこにあるのは言い掛けては止まり、繰り返し、言い澱み、「あー」とか「うー」とか「yeahhh man!」みたいな雑音に塗れた、そのまま文章として読むことは困難な「言語活動」の残骸であるのだ。
(…)録音によって顕在化されるのは、ロゴスの領域に送り込まれることのないまま、ある日ある場所で発せられて消えたはずの一回きりの出来事としての「声」である。「それはかつてあった」という性格を強く持っているという点で、これは「写真」とも同じ「始原的レアリスム」に属する表象であるだろう。〈感覚的物質〉に充された〈悪しき有限性〉そのものとしての「録音された声」は、コトバであると同時に物質であるという両義性によって、西欧的な精神の運動の劇とは相入れない存在なのである。
反復可能な「意味」であると同時に、歴史の中に一回しかあらわれない「運動=物質」でもある「録音された言葉」。ぼくたちは目の前にいる人間の声から物質性を剥奪する作業を通して「ロゴス」としての「言語活動」へと入り込むわけだが、録音物はそのモノ性の高さによってその「自然」な行為を躓かせるのである。
同書 p.166-167
ここに至り、一貫して骨子に据えられる本のひとつである時枝誠記『国語学原論』の〈場面〉、〈主体〉、〈素材〉が改めてオースティンの言語行為論に活用されることで、とうとう〈「トーキー時代」の哲学〉の全貌が明かされる。
(…)『言語と行為』でオースティンがやりたかったのは、まず、「発言行為 speech act」の領域に形而上学を引き下ろす——哲学的言述を〈主体〉と〈素材〉と〈場面〉を必要とする「行為act」の一部として位置付け、「文字」ではなく「会話」によってのみ成り立たせることが出来るあたらしい哲学のスタイルを発明することだったのではないかと思う。このような発想から生まれる思考のあれこれが、おそらく、「トーキー時代」の哲学なのである。
同書 p.177
なんのことはない。僕が『随風』の連載でいまエッセイや批評とはつまり「おしゃべり」なのであると主張しているのは、『〈ツイッター〉にとって美とはなにか』の受け売りだったわけだ。いや、いちおう継承、のつもりではあるんだけど。
