(…)文化とは特定の地域における人間と人間の関係のあり方の総体をいうのであって、芸術作品や風習や伝承などはすべて人間と人間の関係のあり方に規定されて生れるものである。ところで人間と人間の関係は具体的にはモノを媒介とする関係と目に見えない絆によって媒介された関係との二つの関係からなりたっている。モノを媒介として結ばれている関係とは例えば大地と人間との関係や太陽や月との関係をはじめとして食物や植物・動物をも含めたすべてのモノであり、日常生活のすべての領域のモノが含まれることになる。目に見えない絆とは愛や信仰・掟やしきたり、音楽や思想などであり、これもモノを媒介とする関係と不可分な結びつきを保っている。ところでこの二つの関係の総体として文化があるというとき、その文化はどのような特徴をもっているのだろうか。それは一定の土地のなかで育まれるものであり、その限りで土地の気候・風土と密接に結びつき、その土地の住民の中で成立するものである。したがってある種の感情的なるものが、その核心にあるのであって、その土地に育ったものでない限り、容易には担うことができないという特徴をもっている。いわば他国の人間にははじめは十分に理解しえないある種の非合理なものを内包しているものが文化なのである。
それに対して文明とは特定の地域の人のみが担うものとは限らず、その限りで誰でも参加しうるものであり、合理的で理性的な構造をもつものを意味している。このような構造は文明が文化のなかから生れながら、一地域の文化を超えて広がってゆくことから生れているのだが、結果からみれば文明は他民族支配のなかから生れたものとみることもできる。他民族あるいは異なった階層の人びとを支配するためには支配される側の生活様式や慣習を、支配する側が何がしかはとりこまなければならないからである。支配する側に要請される普遍性という特質が合理的なるものを生むのである。合理的なるもの、理性的なるものとはそれ自体で完結する特質ではない。非合理的なるもの、非理性的なるもの、デモーニッシュなものをおのがうちに自覚するが故に理性的・合理的たろうとする努力が生れてくるからである。
阿部謹也『中世賎民の宇宙』(筑摩書房) p.10-11
ヨーロッパの各地に上述したような意味での文化が成立しており、ドイツ文化(正確にはドイツ文化の成立は比較的のちのことであり、シュヴァーベンやバイエルン、プロイセンといった文化圏がまず成立している)やフランスの文化、イギリスの文化などがあるのだが、十一、二世紀以来ヨーロッパ全域にわたるひとつの文明が成立している。この文明はラテン語を共通語とし、文化と違って地域の言語に限定されず、担い手も各地出身の者や民族を異にする人間によって構成されており、その性格は文化と違って合理的で機能的かつ理性的なものであった。われわれにとって困難な問題とは日本が明治以降受けいれてきたのがまさにこの十一、二世紀以降、主として北ヨーロッパで成立したヨーロッパ文明の一部なのであって、ヨーロッパ各地の文化そのものではなかったという点にある。ヨーロッパにおける文明の形成はのちに全世界にコーロッパ的生活様式を普及させてゆく大きな出発点となったものであるが、この文明がヨーロッパ各地の文化のなかから、それを越えるものとして形成されてきた点にわれわれは注目しなければならないのである。十一、二世紀以降に形成されていったヨーロッパ文明の担い手はそれまでの文化の担い手と違って聖職者と学者、市民(のちの大ブルショアシー)技術者などであり、文化を支えていたのは農民や牧人、職人、小市民などであった。文明は担い手を問わないから、どこの国へも輸出可能であり、特定の国の色にも染まることはなかったが、文化は本来特定の地域のものであり、特定の担い手をもっていた点も異なる点である。
そこで問題はどこにでもある筈の文化のなかから何故ヨーロッパでのみ近代西欧文明の母胎となる文明が生まれたのかということになるのだが、この問題はすでに述べたモノを媒介とする関係と目に見えない絆に結ばれた関係という二つの関係の枠組みの変化によって説明されねばならない。
同書 p.279-280
中世ヨーロッパにおける「モノを媒介とする関係」と「目に見えない絆に結ばれた関係」のあり方とは、大宇宙と小宇宙という二つの宇宙をもつ世界観であると阿部はいう。小宇宙とは人為によってかろうじて制御されている内の世界(例:竈の火)であり、大宇宙とは人間の理解を超えたどうにもできない混沌とした外の世界(例:山火事、鬼火)である。以前は、ここでいう小宇宙とは家族単位に留まっていたのが、十一、二世紀を境に村や都市が形成され始めたところで共同体規模へと拡張されていったというのが阿部の見立てである。
このころ、共同体の中心には修道院や教会が建立され、キリスト教のネットワークによって共同体のイメージが下支えされる。これは、家という空間がひとつの完結した小宇宙でありそれを取り囲む大宇宙に相異なる小宇宙として他人の家々があるというような、カオスの中に複数で異質な空間が点在してあるという空間感覚から、均質的な空間感覚への変容を促しただろう。また、キリスト教というのは、それまでの円環的な時間感覚(循環する生)を否定し、終末に向けた単線的な時間感覚(一回限りの生)を提唱するものでもある。空間と時間という両面において、宇宙の一元化を志向するキリスト教が世俗の世界観へと浸透してゆく。それでもなおコントロール可能な小宇宙と人の理の外にある大宇宙という古来の感覚自体は根強く残存している。一元的な宇宙観と二元的な宇宙観の緊張と歪みが最大化していた時期として中世はあり、前者が文明、後者が文化と相関関係にある。
中世まで大宇宙に内包される複数の小宇宙という世界像がまずあった。小宇宙と大宇宙という二元論が否定される時、それはカオスな大宇宙がキリスト教という説明秩序によって置き換えられたというのではない。そうではなく、大宇宙の否定として、つまり自然をコントロール可能なものとして捉えていくことで小宇宙を全面化するようなものとして進行していくことになるだろう。小宇宙の全面化、それこそが近代である。かつては家族単位という最小のローカルの文化であったはずの小宇宙は、いつしかグローバルな文明として単一の宇宙へと展開していく。しかし、もとがローカルな文化から生じた文明である。現在にもなお複数で異質な文化としての小宇宙の非合理や非理性が伏在している。《支配する側に要請される普遍性という特質が合理的なるものを生》んだが、そのような普遍や合理というのもはつねに時代や土地に規定された《非合理的なるもの、非理性的なるもの、デモーニッシュなものをおのがうちに》有している。そのとき、あらためて二元論的宇宙にまで遡って検討しなおすことの意義が現れてくるだろう。今日的な大宇宙とはどのようなもので、それに対処して確保すべき人間の空間=小宇宙とはどのようなものでありうるか。
