2021.08.10(2-p.150)

午前中に豊岡クラフトから書見台が届く。宇宙に遊びにいく大富豪の会社でもないのに、翌日届けとはすごい。無理していないといいのだけれど。大資本の会社であろうと中の個人はそれぞれ無理を強いられているのだから、大企業であれば無理して然るべきというわけでもないので、あらゆる企業は速さを求めすぎない方がいい。物流への想像力の欠如は、物流の負荷が不可視になるほどにスムースであるからなのだ。これからは改善や成長よりも、ちょっとずつ大したことなくしていくこと、不便にしていくこと、そういう遅さや面倒さにもう一度慣れていくことこそが大事なのだ。それはともかく一刻も早く試したかったから嬉しい。さっそく『書物としての新約聖書』で試してみるとやや無理はあるがぜんぜんいける。これは物凄く快適だ! なんと本を持たないでいい! 本を読みながら打鍵や食事ができてしまう。ものすごい発明じゃんこれは、と感心していると僕の腰や手首を心配して六年の同居生活の中で何度も僕に書見台を提案していた奥さんは呆れたように、私はもう何年も言っていたのにfuzkue のいうことなら聞くんだね、と言う。あなただってコスメのことは僕のいうことより棺コスさんのいうこと聞くでしょ、と言い返すが僕が奥さんにコスメのことを進言する予定はない。

アンディ・サムバーグの影響だろう。いつの間にかhulu に復帰しているSNL をいくつか観た。真っ先に観たのはアニャ・テイラー=ジョイのホスト回で、それは最新シーズンの最終回であり、パンデミック以後初めて客席の使用率が100%に戻った日でもあった。オープニングの、すでにパンデミックを過去の受難として振り返るような祝祭的雰囲気に、一抹の羨ましさと不安もあれど、なによりもみんなが晴れやかで、誇らしげで、いつも通りどぎついジョークを連発している様が眩しくて、うっかり泣いてしまった。いいものを観たなあ。スケッチ自体は微妙だったけれど。アダム・ドラバーの回は今回もとても好き。デヴィッド・バーンが『アメリカン・ユートピア』のバンドを引き連れてパフォーマンスをしているのを観て、またあの映画を劇場で観たくなった。大きな音でアルバムを聴き返す。

夕食後皿洗いを済ませてソファで伸びていると奥さんがシャツがべしょべしょに濡れてるよ、と言う。そうだね、滝口悠生なら泣いてたね。でも僕は滝口悠生じゃないから我慢できたし、滝口悠生も泣いてはいなかった、そういう感じだね。

柿内正午(かきない・しょうご)会社員・文筆。楽しい読み書き。著書にプルーストを毎日読んで毎日書いた日記を本にした『プルーストを読む生活』、いち会社員としての平凡な思索をまとめた『会社員の哲学』など。Podcast「ポイエティークRADIO」も毎週月曜配信中。